料理人として第一歩を踏み出したばかりの頃、内田成彦さんは手に力が入らなくなってしまいます。
大学病院でようやく診断されたのは、10万人に1人の確率で発症すると言われる難病でした。料理人の道は断たれてしまいますが、あるきっかけで新たな道へと進みます。
病気のことや、新たな道への思いについて、内田さんに話を聞きました。
難病の診断で訪れた人生の転機
内田さんは、旅館を経営する家庭で育ちました。
高校卒業後はホテルの学校や音楽の専門学校に進学しますが、両親の提案で旅館の厨房で働くことに。調理師専門学校で学んだのち、実家の旅館で料理人として働き始めました。
担当は洋皿と前菜で、繊細な盛り付けが求められるポジションでした。しかし、あるときから盛り付けの際に箸を落とすことが増え、包丁を使うときにも力が入らなくなっていきます。
その後も徐々に症状は悪化し、病院を訪れても原因はわかりませんでした。そこで大学病院で2ヶ月にわたる精密検査とリハビリを行い、その結果、10万人に1人の確率で発症する指定難病「慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)」と診断されました。
この難病は、末梢神経の炎症によって運動機能が低下し、内田さんの場合は特に、物をつまむ際に使う母指球筋と呼ばれる筋肉がほとんど機能しない状態になります。診断を受けた当時は、これまで積み重ねてきた努力が報われなかったような絶望感を抱いたといいます。
その後、治療を経て、完治には至らなかったものの退院。内田さんは、リハビリのため2年間通院を続けますが、料理人に戻ることはできませんでした。
料理人からレザークリエイターへの転身
そんなとき両親から、旅館内のセレクトショップの責任者を任されることになります。
最初に作ったのはビーズを使ったアクセサリーで、制作工程がリハビリにつながると感じたためでした。はじめはビーズをつまんで糸を通すだけでも大変でしたが、次第に多彩な作品を生み出し、ショップで販売されるまでになります。

内田さんの両親が経営していたのは「復古創新」をコンセプトに、日本の伝統建築とヨーロッパのアンティーク家具を融合させ、東洋と西洋の文化を再構築した空間を表現する旅館でした。
その世界観に本革が合うと考えた内田さんは、レザークラフトにも挑戦します。針をつまみ糸を通して手縫いで仕立てる作業は、仕事をしながらリハビリにもなることが、きっかけの一つでした。

レザークラフトは独学でしたが、旅館内のショップという特性を生かし、宿泊のお客さんの指摘や支えがあって試行錯誤を重ね、スキルを磨いていきました。
当時のことを内田さんは「とにかく、がむしゃらにできることを必死にやっていた」と振り返ります。その後、自身のブランド【NARUHIKO UCHIDA IZUMO】を立ち上げるまでになります。

内田さんは、料理人からレザークリエイターという経歴に対して「どちらも『お客様に喜んでいただく』仕事だと思うんです。形は変わってしまいましたが、レザークラフトは、私なりのおもてなしの形だと今は思っています。私の作品を見て楽しんでくださったり、使ってくださる方の日常が少しでも豊かに楽しくなったりすることを願っています」と話していました。
自分のために作った作品が受賞へ
内田さんは「革のデザインコンテスト2025」で【pìccolo(ピッコロ)】というカップホルダーで受賞しました。
この作品について内田さんは「もともとは自分のために作ったカップホルダーです」と話します。昔からコーヒーが好きで、料理人として忙しい日々の中でも、ひとときのコーヒータイムを大切にしていたといいます。

しかし、病気と診断されてからは、持ち手のないコーヒーカップに不便を感じるようになりました。そこで、より自分らしくコーヒータイムを楽しむために作ったのが、この本革のカップホルダーです。
「ただ実用的なものというだけではなく、普通の紙コップも自分だけのデザインになり、サステナブルなライフスタイルの選択もできて、日常がもっと楽しくなりました」と語ります。
また【pìccolo(ピッコロ)】とは、イタリア語で「小さい」という意味だそう。折りたたんで小さくなるということだけではなく、このカップホルダーを使うことで、日常に溢れている小さな楽しみを感じてもらいたいという想いを込めてデザインした作品でした。

内田さんは「それは、病気で絶望していた私を救ってくれた考え方でもあります」と話します。さらに、作品のすべての工程を手仕事で行うことにこだわっているといいます。そこには、作り手の想いや人の温かみが作品に宿るという考えがあります。
実際に購入した人からも、「機械(ミシン)とは違い、ひと針ひと針のステッチ(縫い目)に血が通っているようだ」といった声が寄せられています。内田さんは、病気の手で仕立てることが「弱さ」や「苦労」といったネガティブな印象ではなく「こだわり」や「想い」「強さ」として伝わることを願っていると話していました。
出雲の文化とともに歩むこれから
内田さんは2025年、レザークリエイターとしての活動10周年を機に、人生初のデザインコンペティションに参加しました。
「これからもコンペティションを通して、自身の世界観を発信していきたい」と語っています。
また、島根県出雲市で生まれ育った内田さんは、地域の人々への感謝の思いから、今後は島根や出雲の文化・伝統、出雲神話などをコンセプトにした作品づくりにも取り組みたいと明かしています。
現在は、2026年のデザインコンペティションに向けた作品制作にも励んでいます。

すべての工程を、手仕事で行っているという内田さんの作品には同じものは存在しません。だからこそ、作者の思いや温かみが伝わってくるのではないでしょうか。こうした内田さんの思いは、誰かの背中を押してくれる大きな存在となりそうですね。

