毎晩微熱が続き…1ヶ月後、緊急入院となった1歳の女の子。医者に「これ以上治療法はない」と言われて27年、現在の様子に迫る

毎晩微熱が続き…1ヶ月後、緊急入院となった1歳の女の子。医者に「これ以上治療法はない」と言われて27年、現在の様子に迫る
幼少期①(@mi_mi_2213さんより提供)

1歳のとき、小児がんの「ユーイング肉腫」と診断された@mi_mi_2213さん。

再発時の治療が非常に難しいとされる中で、懸命な治療を続けますが、@mi_mi_2213さんは2度の再発を経験。2度目の再発時には、医師から「これ以上治療法はない」と告げられていました。

それでも27年後、@mi_mi_2213さんはある奇跡を起こします。その道のりについて話を聞きました。

繰り返す発熱、その先で見つかった病

@mi_mi_2213さんは1歳を過ぎた頃から、夜になると毎日微熱が出るようになっていました。お母さんは近所の小児科を4~5軒回って診察を受けましたが、どこでも「風邪ですね」と言われ、症状は改善しないまま日々が過ぎていきます。

幼少期①(@mi_mi_2213さんより提供)

それでも1ヶ月ほど経っても良くならず「もっと詳しく調べてほしい」と最初の病院で訴えたところ、ようやくレントゲン検査を受けることができました。その結果、肋骨に影が見つかり、翌日から大きな病院へ緊急入院となります。

当時、お母さんは「これはただの風邪ではない」と感じていたそうです。その後の検査で、@mi_mi_2213さんは「ユーイング肉腫」という小児がんを患っていることが両親に伝えられました。

幼少期②(@mi_mi_2213さんより提供)

あわせて、将来の再発に備えて骨髄を保存しておく必要があることや、1回目の再発では自家骨髄移植が可能でも、2回目となると「これ以上の治療法はない」と説明されていたといいます。

病院で①(@mi_mi_2213さんより提供)

2度の再発と過酷な治療

@mi_mi_2213さんは3歳のときに再発しますが、あらかじめ保存していた自身の骨髄を移植するなどの治療を受け、回復します。ところが、5歳で2度目の再発を経験しました。

「これ以上の治療法はない」と言われていたことが両親の頭をよぎったものの、決して諦めることなく、信じ続けていたそうです。

その後、前例の少ない抗がん剤や強い抗がん剤の投与、最大限の放射線治療などを受け、苦しい治療を乗り越えて寛解に至りました。

先生たちと①(@mi_mi_2213さんより提供)

物心ついたときから病院で過ごしていた@mi_mi_2213さんは、病院が家だと思い込んでしまうほど、長く入院生活を送っていました。当時について、常に気分が悪く銀色のお皿に嘔吐していたことや、昨日まで一緒に遊んでいた友達が翌日にはいなくなっていたことが印象に残っていると振り返っています。

病院で②(@mi_mi_2213さんより提供)

両親から病気のことを初めて聞かされたのは、小学2~3年生のころでした。

がんと診断されていることを知ったとき、月に1回の通院や、どれだけ頑張っても他の人より走るのが遅く、スポーツテストで思うような結果が出なかったことなどが結びつき「やっぱり」と感じたといいます。

一方で、そのときすべてを伝えてくれた両親には、感謝の気持ちでいっぱいだったと明かしています。

27年後に訪れた新たな命

@mi_mi_2213さんは、強い抗がん剤や最大限の放射線治療、自家骨髄移植、数えきれないほどの手術を経験したことから、将来を不安視し、一時は母親になることを諦めかけていたといいます。

しかし27年後、@mi_mi_2213さんは母親になることができました。
「これだけの治療を乗り越えた身体で出産できたことが、今でも信じられません」と語り、かつての小児科の先生たちへ「命をつないでくれてありがとう」という思いがあります。
また、産後に当時の小児科の先生との再会もあり、赤ちゃんを抱いてもらうこともできました。

当時の小児科の先生との再会(@mi_mi_2213さんより提供)

結婚から妊娠、出産に至るまでの間、両親とは「走ることも生理が来ることも奇跡だと言われていたのに、今回妊娠できたのは素敵な旦那さんと出会えたからだね」などと話していたそうです。

27年後に…(@mi_mi_2213さんより提供)

出産までには、緊急入院するなどの不安もありました。それでも無事に出産し、赤ちゃんの顔を見たときには、嬉しさで涙が止まらず「私を母親に選んでくれてありがとう」という気持ちになりました。

家族と歩むこれからの人生

@mi_mi_2213さんは、今回の出産をきっかけにしたSNSでの発信を通して「こんな私でも妊娠して出産できたので、今現在小児がんで闘病中の子どもたちやそのご家族に勇気や希望を届けたい」と語ります。

先生たちと②(@mi_mi_2213さんより提供)

また今後については「金銭的な豊かさなど大きなことを求めるのではなく、身の丈に合った幸せを大切にしながら、たくさんの思い出を積み重ねていきたい」としています。

さらに「子どもに『この家に生まれてよかった』と思ってもらえるような家庭を築いていきたい」とも話していました。

1歳で小児がんと診断され、27年後に赤ちゃんを授かった@mi_mi_2213さんのSNSには「おめでとうございます」「命繋いでいってください」「心から感動しました」などのコメントで溢れていました。

たくさんの苦難を乗り越えて命を授かった@mi_mi_2213さん。これから家族で穏やかに、幸せな日々を過ごしてほしいですね。

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