42度の高熱で倒れた15歳。3度の白血病と骨髄移植で「血液型が3回変わった」壮絶な体験に「勇気をもらった」「希望の光です」

42度の高熱で倒れた15歳。3度の白血病と骨髄移植で「血液型が3回変わった」壮絶な体験に「勇気をもらった」「希望の光です」
入院中②(@natsumu.wellness.labさんより提供)

現在23歳の@natsumu.wellness.labさんは、15歳で急性骨髄性白血病と診断され、その後16歳と19歳で再発を経験しました。10代で3度の白血病を経験しています。

また、3度の骨髄移植により、血液型が3回変わったといいます。
そこで、病気や治療の経緯、現在の様子について話を聞きました。

倦怠感、息切れ、発熱から「急性骨髄性白血病」との診断

@natsumu.wellness.labさんは、小学1年生から野球に取り組んできました。地域の大会では優勝や準優勝を経験し、中学生のときにはクラブチームで全国大会にも出場しています。

しかし、夏の全国大会が終わり、中学での野球を引退するころから、倦怠感や息切れを感じるようになります。体育の授業の持久走では、それまでクラスで常に上位だったにもかかわらず、突然下から2番目まで順位が落ちてしまいました。

さらに中学3年生の冬、野球推薦で高校進学が決まっていた時期に、42度の高熱に襲われ、その夜に自宅で倒れ救急搬送されました。インフルエンザは陰性でしたが原因不明の発熱が続き、病院で精密検査を受けた後、大学病院を紹介され入院となりました。

救急搬送に(@natsumu.wellness.labさんより提供)

大学病院での検査の結果「急性骨髄性白血病」と診断されますが、当時15歳だった@natsumu.wellness.labさんは、病気についてよくわかりませんでした。

退院まで半年以上かかると告げられたとき、病気そのものよりも、学校に行けないことや野球ができないことへの絶望のほうが大きく感じられたといいます。また、両親は白血病と診断された当時、@natsumu.wellness.labさんの見えないところで涙を流していたのではないかと振り返っています。

2度の再発と、心の支えとなった存在

その後、@natsumu.wellness.labさんは9ヶ月間の治療と入院生活を終えましたが、2ヶ月後の16歳のときに再発。さらに19歳で2度目の再発を経験します。

2度の再発(@natsumu.wellness.labさんより提供)

再発はいずれも冬で、発熱や食欲不振の症状が現れ、インフルエンザか再発かと不安を抱えながら検査を受けました。再発と告げられたときには「またあの治療をするのか」「また学校に行けないのか」という思いに加え「もう死ぬかもしれない」という不安も頭に浮かんだといいます。

入院中①(@natsumu.wellness.labさんより提供)

2度目の再発では治療を乗り越えて復学できたものの、ドクターストップにより野球を断念することになりました。そのとき「自分は何のために生きているのだろう」と感じたといいます。

そんな中で心の支えとなったのが、入院中に出会った仲間でした。AYA世代と呼ばれる若年性がん患者は、ライフイベントが多く、人生の大きな転換期にあることから、悩みが似ており、支援制度が十分でない分、考えることも多かったそうです。

仲間と話す中で「闘っているのは1人ではない」と感じられたことが、大きな支えになっていたといいます。

また、生きることを前向きに捉えるきっかけとなった出来事もありました。病棟で出会った子どもとの別れや、退院中に同年代の子が亡くなったことなど、1年の間に何度も見送ることを経験します。

そのたびに、その子たちの言葉や思い出を振り返る中で「自分が何かを伝えていかなければ」「自分が生きていかなければ」という思いが芽生えていきました。入院中に出会った仲間との経験が、現在のSNSでの発信や講演活動につながっていると話します。

入院中②(@natsumu.wellness.labさんより提供)

3度の骨髄移植と血液型の変化

@natsumu.wellness.labさんは、血液型が3回変わった経験についてSNSで語っています。

血液のがんは、血液中にがん細胞が増える病気で、抗がん剤によって細胞を減らしたうえで、健康なドナーの血液が必要になる場合があります。また、抗がん剤のみでは再発の可能性が高いため、移植が選択されることもあるといいます。

「私の場合、抗がん剤だけでは再発の可能性が高かったため、移植をすることになりました。身内から適合者を探しましたが見つからず、骨髄バンクから探し、血液型ではなく遺伝子レベルで適合する方を見つけることになりました」と話します。

3度の骨髄移植(@natsumu.wellness.labさんより提供)

こうした移植では、提供された血液の型によって血液型が変わることがあります。そのため@natsumu.wellness.labさんは、もともとO型でしたが、1回目の移植で(ドナーの型に合わせ)同じO型でも抗原の性質が異なるタイプへ、2回目はAB型、そして現在はB型へと変化しました。

3回目の治療から3年経った現在

@natsumu.wellness.labさんは、直近の20歳の3回目の治療から3年が経ち、寛解状態になっています。3回治療した人の3年生存率は10%の中、4年目を迎えることができ、現在は3ヶ月に1回通院しているそうです。

現在の生活のなかで意識していることは、とにかく病気のことを忘れるぐらい動いたり、人と会ったりすることです。
「『病は気から』と言いますが、本当にそうだと思います。生きていればいろいろ不安があるのは当然ですが、時間は止まってくれません」と明かしています。

死を間近に感じる経験を重ねる中で、その都度、少しでも後悔のないように生きようと感じるようになり、そうした行動を意識しているといいます。

つらいことや葛藤がある中でも、生きていると実感できることや、人と話すこと、遊ぶことが、@natsumu.wellness.labさんにとって健康を実感できる大切な時間となっています。

「当たり前の幸せ」を伝えたい

@natsumu.wellness.labさんは、SNSでの発信を通して伝えたいのは「当たり前の幸せ」についてです。

生きること(@natsumu.wellness.labさんより提供)

「人間は失ってから大切さやありがたみに気づくことが多いですが、もうそのときには遅いです。そこで私は、実は身近なところに幸せが転がっていると気づけるきっかけなどを作りたいです」と話していました。

現在は「人生の再起動を当たり前に」を理念とし、まずは知ってもらうために医療者の学会や製薬企業、大学や教育機関へと講演の幅を広げています。
さらに、もう一つの夢である身体に優しい朝食屋さんを実現させるため「食」の大切さを伝えたいという想いでアルバイトもしながら活動を行っています。

@natsumu.wellness.labさんは、アニメの「僕のヒーローアカデミア」に出てくるオールマイトというヒーローのような存在になりたいと思っているといいます。

講演会にて(@natsumu.wellness.labさんより提供)

「オールマイトは『平和の象徴』ですが、自分は『希望の象徴』を目指して講演活動やSNSの発信活動などを続けています。そして、自分の目指す世界はいろんな個性あふれる仲間たち(挫折やいろんな経験をした人)たちと『人生の再起動』ができるような社会を目指していくので、これからの活動を見守って欲しいです」と、今後の思いを教えてくれました。

さまざまな経験を重ねる中で見えてきた価値観や思いは、日々の過ごし方を見つめ直すきっかけになるかもしれません。
何気ない日常の中にも、大切にしたい瞬間があることをあらためて感じさせられます。

この記事の写真一覧はこちら