突然、親と連絡が取れなくなったとき、胸の奥に広がる嫌な予感。
漫画『父が全裸で倒れてた。』(KADOKAWA)は、そんな不安から始まる実体験の記録です。
本作は、キクチ(@kkc_ayn)さんによる実録作品。20代で母を在宅で看取り、その経験を描いた前作『20代、親を看取る。』(KADOKAWA)に続く、“家族と医療・介護”をめぐるシリーズの一作です。母の看取りから約2年後、今度は独居していた70代の父が突然倒れるという出来事が起こりました。
連絡が取れない 胸騒ぎから始まった出来事



物語は、父から連絡が返ってこないことに違和感を覚えるところから始まります。誰かから知らせを受けたわけではありません。ただ、どうしても嫌な予感がして、キクチさんは父の住む実家へ向かいました。
道中、「もし亡くなっていたら」「自分が第一発見者になるかもしれない」といった最悪の想像が頭をよぎります。覚悟を決めるような思いで家の扉を開け、目にしたのは全裸の状態で倒れている父の姿でした。
衝撃的な光景でしたが、父は生きていました。その事実にまず安堵したといいます。夫が一緒に来てくれていたこともあり、気持ちを大きく乱すことなく救急搬送へとつなげることができました。
ICUへ搬送 一人っ子として背負った判断

父はそのままICUに入院。原因は特定できないまま治療が始まります。
一人っ子であるキクチさんは、医療同意書や治療方針の判断など、家族代表としての決断を一手に担うことになりました。前作で母の看取りを経験していたとはいえ、急変から始まる父のケースはまた別の重圧があります。
入院中には、父がせん妄状態になることもありました。娘に向けられる言葉に戸惑い、受け止めきれない思いを抱える場面も描かれています。親子であるがゆえの距離の近さと、そこに生じる揺らぎ。判断を一人で抱える孤独が、医療現場の具体的な描写とともに伝わってきます。
亡くなった場合と生き延びた場合、その両方の未来を同時に考え続ける日々。未来が見えないなかで決断を重ねる苦しさは、想像以上のものでした。
予想を超えた回復 医師の言葉
医師からは「ここまで回復するとは思わなかった。正直、歩くことは難しいと思っていた」と告げられます。
厳しい見通しを聞いていたからこそ、その後の父の回復は強く印象に残りました。予想よりも身体が回復してくれたことに、心からほっとしたとキクチさんは振り返ります。
「この経験も、誰かのためになる」
キクチさんが本作を描こうと決めた背景には、前作で寄せられた読者の声がありました。母の介護から看取りまでを描いた際、「参考になった」「救われた」という感想が数多く届いたといいます。
自分の経験が、誰かの現実にとって具体的な助けになる。その実感があったからこそ、父が倒れた出来事も「いつか漫画にすれば、この経験も誰かのためになるはずだ」と思えたそうです。描くことへの迷いは、ほとんどなかったといいます。
父を発見した瞬間について振り返ると、最悪の事態を覚悟していた分、生きていてくれたことにまず安心したと語ります。そして冷静に動けたのは、そばにいてくれた夫の存在が大きかったと話します。
辛さだけで終わらせない視点
本作には、シリアスな出来事のなかにもユーモアがにじみます。
キクチさんはもともと、他者から見ればマイナスに思える出来事の中にも面白さを見つけることが好きだといいます。片耳が聞こえない自身の特性についても、難聴だからこそ起こる出来事を「面白い」と感じながら生きてきました。
起こったことをただ「辛い」「悲しい」で終わらせたくない。その姿勢が、作品のトーンにも自然と表れています。
読者にどんなことを感じてもらえたらうれしいかと尋ねると、「読んで特に何も感じなかった、以外はすべて嬉しい」と率直に語ります。強い感動でなくてもいい。共感でも違和感でも、何かしら心が動くこと自体が意味を持つと考えているようです。
親の急変は、誰にとっても他人事ではありません。本作は、その現実と迷いをありのままに描き、次に同じ立場に立つかもしれない誰かへと経験を手渡しています。
