不登校やひきこもり「信じてほしい」 自身の体験を生かして支援活動10年 宮武さんに迫る

不登校やひきこもり「信じてほしい」 自身の体験を生かして支援活動10年 宮武さんに迫る
不登校やひきこもりの支援をしている宮武将大さん

小学6年生から20歳まで8年間にわたって「ひきこもり」だった香川県高松市の宮武将大さんは、一般社団法人hito.toco(ヒトトコ)を設立して、自身の体験を生かしながら不登校やひきこもりの支援活動をしている。10年にわたる支援で大切にしていることは何か。宮武さんは「我が子のことを信じてほしい」と話す。

ワクワクしていた小学生が「生きづらさを感じる」

「小学1年生になる前にランドセルを買って、学校に行くことをワクワク楽しみにしていた数年後に、学校に行けなくなって生きづらさを感じるなんて問題ですよね」

香川県内で講演する宮武さん

2025年2月、香川県内で多くの保護者を前に宮武さんは講演した。年に20回ほど講演の講師を務める。支援活動を始めたばかりの10年前には「なぜ、そんな活動をしているの」と言われることも多かった。しかし、最近は不登校の子どもが増加しており、活動に共感されることが増えた。

文部科学省の統計によると、全国の小中学校の不登校児童・生徒は約34万6000人(2023年度)。11年連続で増加が続いている。その背景はさまざまで、原因や解決策を絞り込むのは難しい。

宮武さんの場合は、小学6年生のときに算数の授業につまずいて勉強への自信をなくしたことが不登校の背景にあった。ただ、当時の宮武さんは、自身の内面をうまく理解できておらず「お腹が痛くなるので学校を休みたい」と思っていたという。

朝リビングで机にしがみついて「学校に行きたくない」と泣く宮武さんの指を母親が一本ずつ外して登校させる。そんな光景が広がった。どれだけ苦しいのか、家族に理解してもらいたくて必死で体調不良を訴えていたと宮武さんは振り返った。

宮武さんにとって母親の理解が支えだった

中学校進学のタイミングで登校を目指した。
「環境が変わるタイミング」を捉えたチャレンジだったが、実は「勉強のつまずき」という宮武さんをめぐる環境は変化していなかった。2週間で学校に行けなくなった。

「ごめん、もう行けん」という宮武さんに、母親は「いいよ」と返してくれた。心から救われる思いだった。

小さな成功体験「いけるかも」

ひきこもりと一言で言っても、家の中では自由に過ごせる人もいれば、自室から一歩も出ないような人もいる。家族や社会の理解があれば外出も可能だが、他人の目が気になり、外出するのが難しい。

宮武さんは、ゲームをして過ごすことが多かった。楽しいからというよりは、他にすることがないためゲームをせざるを得ない状態だったという。チャットにも熱中し、社会の人と接点を持てることに安堵した。
「コミュニケーションできている」という小さな自信を持つこともできた。

「子どもからゲームを完全に取り上げるようなことは、しない方がいいと思います」と宮武さんは話す。自身がサポートした子どもの中に、海外の人とオンラインゲームをしていた子がいたが、英語を独学で学んでいた。ひきこもっている中で、何らかの成長を遂げているところを大切にした方が良いと考える。

宮武さんの社会復帰のきっかけは、小さな成功体験だった。母親から「近所にジムができたから一緒に行かないか」と誘われたのだ。時間がたっぷりあった宮武さんは、毎日のようにジムに通い「ひきこもりの宮武さん」ではなく「ジムの優良会員」という立場になった。それから、近所のスーパーで働き始めることができた。

働くことは「ゲームよりも面白かった」(宮武さん)

「僕は20歳になったら働きたいと思っていました。これまでお世話になった両親に、自立して恩返ししたいという気持ちがありました」
実際に働いてみたら「ゲームよりも面白かった」という。

ひきこもっていたときに宮武さんは、北海道夕張市が財政破綻したニュースを見た。
「今の社会はずっと当たり前にあり続けるのではない」と初めて知った。

こうした経験が根底にあって「働きたい人が働ける世の中が、僕が目指したい社会。そのための支援をしたい」と考えるようになった。そして、21歳から通信制高校を経て、大学進学も果たした。

「本人の気持ちを大切にしたい」

ヒトトコでは、不登校やひきこもりのサポートのほか、障害のある人の就労移行支援や支援者育成、啓発活動などを手がける。2014年にたった一人で始めた活動だったが、今ではスタッフが20人前後に増えた。支援対象者は10代から50代と幅広い。年間、数百人から相談を受ける。

ヒトトコ丸亀のオフィスに立つ宮武さん

宮武さんが大切にしていることは、不登校やひきこもりの当事者である「本人がどう考えているか」を深く聞くこと。自身も「勉強のつまずき」という本当のことは、誰にも言えなかった。そんな過去の自分と対話するように、本人の言葉ひとつ一つに「なぜ、そう思うの」という言葉を返して対話を深める。

すると、支援開始から数カ月で働き始められた人や新しく農業の仕事を始めた人、親元を離れて一人暮らしを始めた人など、支援の「成功事例」を重ねることができた。

「支援を進めたいと思って家族や周囲の人が『この人の状態ならこうするのが適切』と勝手に進めてしまうこともあります。でも、実際に動くのは本人なので、本人がどう思っているのかが一番大切なんです」

宮武さんは「本人の声なき声を拾うようにしている」と表現した。

「否定しない」ことも支援

ひきこもりの人から「私みたいな人が生きられるのでしょうか」と問われたことがある。宮武さんは「生きていけるよ」と答えた。すぐに変わることができなくても、少しずつ段階を踏みながら社会に参加することはできる。

「僕自身のことを振り返ってみると、家族から否定されないだけでも大きな支援になります。家族の方には、『我が子を信じてください』と伝えたいです。僕の場合は、母親が信じてくれました。今はひきこもっていても、将来はまったく違う姿になる可能性があるんです」

人は本来、成長することにワクワクする生き物だと、宮武さんは考えている。そんなワクワクを、不登校やひきこもりの子どもや大人たちにも届けたい。

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