食事に関する行動の異常、体型や体重の変化に過敏になる症状が長期間続き、心身や人間関係にさまざまな影響を及ぼす摂食障害。現在、「摂食障害オンライン相談室」でカウンセラーとして活動中の渡邉 茜さんも、摂食障害に10年以上苦しんだが、人との出会いを通して学んだ知識・気付きをきっかけに、病を克服した。

ダイエット100%の生活になり、闇雲にがんばってしまう摂食障害

摂食障害における代表的な症例として、神経性やせ症(拒食症)や神経性過食症、過食嘔吐などが挙げられる。これらの症状はそれぞれ独立しているように見えるが、実は密接につながっている。拒食症から過食症に移行する場合もあれば、過食症から過食嘔吐に移行する場合もある。どの症例にも共通していえるのは、ダイエット100%の生活になり、本来の生活が送れなくなることだ。

茜さんが摂食障害を発症したのは、高校生の頃。一時は27kgまで体重が減少し、入退院を繰り返し、高校中退を余儀なくされた。その後、自宅に1年ほど引きこもり、過食嘔吐を繰り返す。「目的なき目標」に向かって闇雲にがんばってしまう状態だったと、茜さんは当時を振り返る。

「摂食障害は、患者さん本人が『治したい』と思えるまでに時間がかかるパターンが多いんです。くわえて、病気の進行が早い点も特徴的です。そのため、本人が治療のスタートラインに立てた段階で、すでに症状が悪化している場合も珍しくありません」

治療の肝である早期発見が難しい摂食障害。茜さんが病克服への第一歩を踏み出せたきっかけは、インターネットだった。

同じ悩みを持つ友人との出会い

過食嘔吐に苦しむ最中、家に引きこもり、外的コミュニケーションから遮断されていた茜さんは、摂食障害を克服するための情報をネットで探していた。

望む情報に辿り着くのは簡単ではなかったが、やがて自分と同じ病を克服した人たちの体験談を見つける。それらを読み、「私も治せるんだ」と思えた茜さんは、病気に関する正しい知識を学びはじめる。 インターネットを通じて出会えた友人の存在も、茜さんの治療の後押しになった。

摂食障害を患うと、人との食事を楽しむことが難しくなる。摂食障害の多くの人がそうであるように、茜さんも「食事を伴う外出」が苦痛だった。しかし、同じ病気を抱える友人なら、互いに悩みがわかりあえるため、ストレスなく外出を楽しめるようになった。これを機に、自宅に引きこもっていた茜さんの意識は、徐々に外へと向きはじめる。

「摂食障害オンライン相談室」を開設

その後、茜さんは高卒認定試験に合格。大学へ進学し、心理学を学ぶ道を選んだ。 大学入学後も摂食障害は完治しなかったが、そこで茜さんは、かけがえのない友人と出会う。

「大学で、摂食障害を克服した友人に出会ったんです。その子が『痩せること』を手放して、楽しいことに夢中になっている姿を見て、『私も痩せている姿を手放していいんだ』と思えました。ちゃんと病気を『治そう』と思えたのは、彼女との出会いがきっかけでした」

その友人は、茜さんにある言葉をくれた。 「壁を扉に」 茜さんの「摂食障害オンライン相談室」の合言葉である。

茜さんの「指針」を図で示したもの。“心のままに生きる人を増やす”ことをビジョンに掲げている。(本人提供)

摂食障害は、日々の生活に根付く「食」に強迫的に振り回され、ときに命に関わるほど深刻な症状に陥る。一見「壁」にしか見えない病だが、「乗り越えたら見える景色がある」と茜さんの友人は語った。

「私自身もそうでしたが、乗り越えてはじめて病を受容できる感覚があるんです。摂食障害を経験しなければ得られない感覚、人との出会い、病を通して学んだこと…それらを扉にしてほしい。そんな思いを込めて、彼女からもらった言葉を合言葉にしています」

茜さんが運営する「摂食障害オンライン相談室」は、全国どこに住んでいても、オンラインでカウンセリングを受けられるのが強みだ。地方在住の場合、カウンセリングを実施している施設が多くない場合もある。治療を望むすべての人が必要なケアにアクセスできるよう、「オンライン相談室」という形態を選んだ茜さん。早い人だと3か月ほどでカウンセリングの効果が見られ、完治した人も多数いるという。

「患者さんからの感謝の言葉が、何よりの励みになっています。摂食障害の克服に限らず、本音を表現することが、その人が人生を豊かに歩んでいくために必要なことだと思うんです。そのための手助けができたらと思い、日々活動しています」

微笑みながらそう話す茜さんの表情は、毅然と前を向いていた。

「壁を扉に」して「摂食障害オンライン相談室」を開いた茜さんの意志が、そこに表れていた。

摂食障害オンラインカウンセリング以外にも、農業を営む傍ら二人のお子さんの育児に奮闘する。(本人提供)

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