いま、日本は世界一の高齢化社会と言われている。高齢化率は2023年に29.1%を記録した。もちろん過去最高だ。一方で、介護職員は2040年に約69万人不足するとの予測も出ている。

そんな人手不足という大きな課題を抱える介護業界に飛び込んだ異色の存在がいる。伊藤知晃さん。1996年愛知県生まれの若者だ。実は千葉大学大学院で物理を学んでいた経歴を持つ。そんな彼のキャリアに迫る。

「もともと物理と化学が得意な高校生でした。なんとなく偏差値が高い方を選んで、大学は物理専攻になりました。大学院まで主に金属の超伝導に関する研究をしていました。この分野は、リニアモーターカーなどに応用されていたり、発展すれば電気を保存することもできたりするので、物理の中でも実社会に応用できる分野なのでかっこいいなと思いました。」

研究が忙しい時は、毎日研究室にこもって朝まで実験する時期もあったという伊藤さん。日本物理学会に論文を投稿するなど、研究活動に勤しんだ。だが、研究者を目指したわけではなかったという。

大学院の卒業式で

「実は、物理を学んで、物理で就職する人ってなかなかいないんです。メーカーの研究職や博士課程に進んで教授などになる人はほんの一握りです。一応、教職も取ったのですが、あまり深く考えずに大多数の同じ専攻の同級生と同じようにシステムエンジニアなど理系チックな仕事を目指して就職活動をしました。でも、面接を受けても、興味を持てずに全然話せませんでした。無理して内定貰って働いたところでいいのだろうかと思いました。」

そこで伊藤さんは考え直した。自分は、何か問題意識を持ったことでないと一生懸命取り組めないのではないか。では、何がやりたいんだろうか。そこで浮かんだのは、学生時代にアルバイトをしていた高齢者向けのマンションの情景だった。

「私はフロントスタッフとして働いていました。そこは、住民どうしのコミュニティを売りにしていました。サークル活動があって、スポーツを楽しんだり、簡単な仕事のようなものもしたりします。ですが、みんなが楽しんでいるわけではありませんでした。施設内のレストランに食事をしに行くだけで、他の時間は部屋に引きこもっている人も少なくありませんでした。認知症になった方は、家族に電話線を切られてしまっていたり、他の住民から避けられていたりしました。
また、ある時、認知症になった奥さんを介護していた旦那さんが、飛び降り自殺をするという事件が起こりました。高齢者の実情。介護する側の実情。コミュニティの不完全さ。これをどうにかしたいと思っていました。」

伊藤さんの父親も、大学1年生の時に糖尿病で足が壊死し、義足の生活になったという。トラックドライバーとして頑張っていた父が、障がいを持ったことで働けなくなり、どんどん社会から切り離されていく様子を見てきた。また、お兄さんも小学生の時のいじめがきっかけで友達はおらず、孤独な日々を過ごしている。

「自分は、社会と分断されてしまった人をもう一度繋ぎ直すということがやりたいのではないかと気づきました。そうして、介護業界が気になるようになりました。」

大手の介護事業者の内定を得たが、なんとなくしっくりこない日々を過ごしていた時、求人サイトの募集で100BLG株式会社と出会った。日本初の社会参加型デイサービスを実現した前田隆行さんがはじめた認知症共創コミュニティを運営している。福島、東京、長野、福井、岡山、高知など全国に16の介護福祉事業所が加盟している。自分がやりたかったことはまさにこれだと思った。

研修で働いたBLG八王子で

「認知症になっても、仲間と働いたり、地域に貢献したりする。以前と変わらない生活を目指す100BLGのコンセプトに共感しました。無事内定を頂いて、2021年4月に入社。まずは、現場の介護職員の役割を学ぶために、主に町田にあるデイサービス(BLG町田)で勤務しました。正直、介護士の役割ってイメージがありませんでしたが、本人のやりたいこと、自己選択をサポートする役割だと感じました。その際に、身体的に、あるいはコミュニケーション的に、自己選択が難しい時もある。そこのサポートです。
また、地域とつながりながら、自己選択につながる機会を作っていくのも職員の役割ですね。地域と、仲間とつながり、本人の笑顔が増えたり、いきいきとした姿がみれたりした時に喜びを感じました。」

そして入社して3年目となった2023年。大きな決断をする。神奈川県相模原市に、自らが代表となり100BLGグループとして、デイサービス「BLG相模原」を立ち上げることにしたのだ。

「もともと入社の時から、3年目くらいには自分の事業所を立ち上げたいと思っていました。私が修行をしていたBLG町田が、あるテレビ番組で特集をされた時に、相模原在住の方から、私もそこに通いたいとお電話をいただきました。しかし、制度上町田市の住民の方しか通うことができず、もどかしい思いをしました。それがきっかけとなり、相模原という場所を選びました。立ち上げにハードルは感じませんでした。必要とされていると感じていたので、自然と人も集まってくるだろうと思っていました。」

BLG相模原。施設らしくないのも工夫の一つ。

BLG相模原は2023年10月にスタートした。近隣にBLG町田とBLG八王子があるため、地域の中でも多少は知られており、順調なスタートを切れるかと思っていたとのことだが、いまは壁にぶつかっているという。

「地域とつながる、仲間と働く、というコンセプトだと、かなり元気な高齢者や、初期の認知症の方だけが対象だと思われてしまっています。とてもハードルが高いデイサービスという捉えられ方をしてしまっている現状があります。働くといっても、外で体を動かすようなものだけでなく、室内でものづくりをするとか、軽作業をするとか、多様です。そして、作った小物が地域のお店で販売されるなんてものも、地域との繋がり方の一つだと思います。その人ができること、やりたいことを共に考え、取り組むのが私たちなので、幅広い方に来て頂きたいと思っています。」

「BLG相模原はまだ始まったばかりですが、相模原らしさを出していきたいと思います。理想は、何か困りごとがあったら、BLG相模原に相談してみようって思われる存在になりたいと思います。私が以前いたBLG町田では、引きこもりのおばあちゃんの家の庭の草むしりを依頼されたことがありました。最初は普通に草むしりをしていたのですが、だんだん行く回数が増えるごとに、おばあちゃんの引きこもり傾向が改善されたり、草むしりをするおじいちゃんたちも、顔の見える誰かのために役に立つということで意欲的になり、自分で自宅から清掃道具を持ってきたり、今日も草むしりに行こうと提案したりするようになりました。地域の課題解決にもなるし、デイサービスを利用されている方々のやりがいにもつながる。そんなふうになりたいと思います。」

BLGの活動は拠点によって異なるものの、洗車や草むしり、チラシの配達や学校の水槽の掃除などの有償ボランティアや、竹の靴べらやあづま袋などの小物作り、学童との交流や誰もが使いやすいスーパー作りといったまちづくりなどの多様な活動をしている。

BLG相模原は、庭から直接施設内に入れる作りになっている。デイサービスの利用者だけがいる場所ではなくて、地域の人たちがふらっときて落ち着けるような地域の縁側を目指しているという。

いずれ誰もが定年を迎え、高齢になる。認知症も、まもなく4人に1人がなる時代を迎える。誰もが自分ごとである問題だ。いつまでも地域と、仲間とつながり生きていける。そんな伊藤さんが目指す社会に私も暮らしたいと思った。

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