コロナ禍でマスク会食や時短営業など窮地に追い込まれている飲食店。一方で、江戸時代から続く香川の伝統工芸「丸亀うちわ」の業界も同様だ。丸亀うちわは全国シェア9割を誇る香川を代表する産業のひとつ。新型コロナに振り回された2020年は、全国の花火大会や祭り、スポーツイベントなどが軒並み中止になり、大打撃を受けている。

 そんなふたつの業界に明るい兆しを見出そうとしている人がいる。香川県丸亀市の建築家、株式会社齊藤正轂(さいとうただしこしき)工房の代表、齊藤正さん(55歳)だ。

齊藤正さん。個人住宅から博物館なども手がける建築家。工学博士として近畿大学工学部の非常勤講師も務める。

食事中にマスク付けたり外したり。ホントにしているのだろうか?

 国や自治体が国民に「マスク会食」を求め始めたのは、例年なら忘年会が始まろうとする2020年11月だった。マスク会食とは ——— 会食時の飛沫感染リスクを軽減するために、食べるときにマスクを外し、会話するときはマスクをしましょう ——— というものだ。「そんな人、見たことないでしょ? それで考えたのがこれなんです」(齊藤さん)。

会食時のエチケットうちわ「うちわのみ」。環境に配慮し、原材料は和紙のみ。公文書などに使われる奉書紙(ほうしょし)を採用した。

 紙でできたうちわのようなフォルム。中央から下に伸びた部分を二つ折りにすると、うちわの柄のような持ち手になり、同時に顔のカーブに沿うような立体が生まれる。真ん中のくぼみがハートのようにも見え、なんだかおシャレな手持ちマスクにも見える。

 「会食中にマスクを付けたり外したりするのは難しくても、会話をするときはこれで口元を覆うだけなら簡単でしょう」。

 すでに商品名は「うちわのみ」と決めていた。漢字を当てるなら「内輪飲み」を思い浮かべるが、うちわ産業を応援したい気持ちの「団扇(うちわ)飲み」、あるいはうちわ製造の復活を願う「団扇の実」かもしれない。いろいろな意味を込め、ひらがなで「うちわのみ」とし、早々に特許と商標登録も申請済みだ。

「うちわのみ」を使った会食シーン。話をするときは口元を覆うことで、正面に飛ぶ飛沫を抑えることができる。

「手を差し伸べられたら握り返す」うちわメーカー

 2020年11月末、齊藤さんは構想段階で、代々うちわ製造を営んできた矢野団扇(やのだんせん)株式会社(丸亀市)の専務、矢野功雄(いさお)さん(43歳)に電話をかけた。その10分後には駆けつけたという矢野さん。その日を振り返り、「最初はあまりピンとこなかったんですよね(笑)。でも、齊藤さんは今ぼくに手を差し伸べてくれている。ぼくはその手を握り返すしかないんです」。

矢野団扇株式会社の専務取締役 矢野功雄さん。今はうちわ職人の雇用を守るのも大きな使命だ。

 二人でディスカッションしながら、齊藤さんはその場で紙を切ってサンプルを作って見せた。そうして生まれたのがこの「うちわのみ」だ。矢野さんは「会社に持ち帰って常に眺め、時間があればいつも触っていたんです。そのうちスイッチが入ったようにイメージがふくらんで『いやこれ、すごいものだ!』って思うようになりました」。

 しかし、本当はうちわを作りたい。例年なら年明けから夏に向けてうちわの製造にとりかかっているころだ。しかし注文がない今、「社員を守るためにもこれを作りたい、社会の役に立ちたい」と一気に拍車がかかったという。

うちわ職人がひとつひとつ手作業で仕上げている。例年なら職人の左に見えるベルトコンベアにうちわが流れているはずだった。