「前例がない」と言われながらも、自らの進路を切り開いてきた人物である。ろう学校から普通校へ進学し、その後は海外大学へと進学。
現在はオーストラリアの大学院で、途上国の子どもたちに向けた言語教育アプリの研究開発に取り組んでいる。数々の壁に向き合いながら、自分の居場所を築いてきた丸山優果さんに話を聞いた。
ろう学校から普通校へ、広い世界を目指して
丸山優果さんは東京都出身、2001年生まれ。現在、オーストラリアの大学院で言語教育に関するアプリ開発に取り組んでいる。そんな彼女は生まれつき耳が聞こえず、母親もろう者で、家族はみんな手話が使える環境で育った。
「小中学生の頃はろう学校に通っていたのですが、毎日のように習い事に通う中で、聴者と関わる機会も多く、自分は聴者の世界にも溶け込めていると自信を持っていました」
高校はもっと広い世界にチャレンジしたいと考えた丸山さんは、普通校に進学することを決意した。だが、普通校に進学するのは珍しいケースだった。ろう学校での内部進学が一般的だった。
「中学1年生のときに、普通校に行きたいと言ったときは、周囲に前例がなかったため驚かれました。ろう学校からの普通校進学は非常に珍しく、周囲からは心配や反対の声もありましたが、3年間意思を曲げませんでした」
ちなみに、ハードルはろう学校内だけではなかった。進学先を検討するにあたって、丸山さんは20校ほど学校見学に行き、個別相談をしたのだが「前例がない」とことごとく断られてしまった。
「グローバルを掲げている学校なら、多様性に寛容なのではと思ったのですが、思っていたほど多様性への理解が進んでいませんでした。その中で唯一受け入れてくれたのが、千葉県にある日出学園高等学校でした」
無事進学先が決まった丸山さんであったが、普通校の中で唯一のろう者として過ごす大変さを思い知ることになる。
「休み時間が苦痛でした。周囲の会話がまったく分からないので楽しくなかったです。毎日どうやって時間を潰すかを考えていましたね。また、ろう者がコミュニケーションを取るときは、相手の肩を叩くので、当たり前に友達の肩を叩いていたのですが、徐々に避けられるようになって、後からこれが原因だったことがわかりました。そのような習慣の違いにも戸惑いました」

転機となった短期留学
バトン部に入った丸山さんだったが、スムーズなコミュニケーションが取れないためなかなか馴染めずに退部。時間ができた高校2年生の夏休みに、心機一転、以前から憧れていた海外留学にチャレンジしてみることにした。1週間オーストラリアの語学学校に通い、ホームステイをした。
「語学学校では、みんな英語が得意ではなくても気にせずコミュニケーションを取ろうとしていました。私が耳が聞こえないことについても、へーそうなんだ、といった程度の反応で何も気にされず、感動しました。多様な人々がいる環境の素晴らしさを感じ、自分もこんな場所で学びたいと思うようになりました」

海外大学への進学を決意した丸山さん。英語を中心に一生懸命学びつつ、ロシア・スペイン・イタリア・カンボジア・マレーシア・オーストラリアといった国の大学を受験した。英語試験(IELTS)のろう者向けの特別措置が、3ヶ月前から申請しないと受験できないルールなどの壁もありつつ、ロシア・マレーシア・オーストラリアなどの大学に合格した中で、アデレード大学への進学を決意した。
「留学にあたって学生ローンを利用したため、大きな返済の責任はありますが、それ以上の価値があったとまったく後悔していません。オーストラリアで自分が輝ける居場所を見つけることができました」
テクノロジーの力で教育を変える
丸山さんは、アデレード大学でコンピューターサイエンスを学び、シドニー工科大学修士課程を経て、現在ニューサウスウェールズ大学博士課程で研究を続けている。テーマは、途上国にあるNGO向けのスマートフォンを活用した言語教育アプリの開発だ。

「高校時代から途上国でのボランティアに参加するようになったのですが、教育現場の厳しい状況を目の当たりにしました。本当に教育を変えるためには、システムそのものを変えないといけないと感じ、世界中の人々がスマホ一台でアクセスできる言語学習支援ができれば大きな影響力があるのではないかと思いました」
高校時代に英語をきっかけに世界が広がった丸山さんだからこその着眼点だ。途上国の子どもたちが、言語を学ぶ機会へアクセスできるハードルを下げることで、チャンスを掴む子どもたちが大いに増えるだろう。
「言語学の世界では、3歳までに第一言語へのアクセスがないと、それ以降の言語習得に大きな影響があると言われています。そんな状況で、ろう者は幼少期に手話などの言語の特別教育を受けられないと、非常に困難な状況に置かれてしまいます。ですが、途上国で特別教育を行うには莫大なコストがかかってしまうため、支援を断念するNGOも少なくありません。私と同じようなろう者の子どもたちのためにも、このアプリ開発を頑張っています」

丸山さんの研究は高く評価されており、昨年11月にはニューサウスウェールズ州の留学生アワードのファイナリストに選出された。国際的なカンファレンスにも大学を代表して招かれるなど、これからの活躍が非常に楽しみである。
母国の中高生たちのために
多忙な研究生活の合間をぬって、丸山さんは全国で中高生の越境支援に取り組むNPO法人みんなの進路委員会に所属し、全国の中高生に向けて講演活動を行っている。字幕や音声読み上げ機能などを活用しながらのプレゼンテーションに多くの中高生が影響を受けている。
「海外大学進学が全てだとは思っていませんが、もし今いる世界に違和感を抱いているのであれば、別にそこにいる必要はないということを伝えています。人には必ず合う場所があると思います。でもそれを見つけるためには、チャレンジをしなければならない。私の体験談が少しでも挑戦する後押しになればと思っています」
毎年春には母校での出張授業が恒例となっている。当初は苦しかった高校生活だったが、海外進学を決意してから、前向きに挑戦する中で、高校3年生のときには新たにバレー部に入って活躍したり、わかりあえる友人と出会えたり、進学を応援してくれる先生方と出会えたりしたことで、丸山さんにとって大切な場所となっている。2025年度の講演をきっかけに、手話スピーチコンテストに出場して全国大会まで進んだ生徒もいた。国内外で多くの人々に影響を与えている丸山さん。最後に今後の展望を伺った。
「これからも大学での研究を続けていきたいと思っています。そして、途上国の教育に貢献している研究者として世の中に知られたいと思っています。また、研究室の仲間とNGOの設立も準備しています。研究と実践の両方に取り組んでいきたいと思います」
様々な壁を乗り越えながら研究を続ける丸山さん。今後の活動や研究の広がりにも注目が集まりそうだ。

