キャッチボール中…視界からボールが消えたことに違和感。その後、野球少年を襲った病とは 視力がなくなる恐怖と向き合う男性に迫る

キャッチボール中…視界からボールが消えたことに違和感。その後、野球少年を襲った病とは 視力がなくなる恐怖と向き合う男性に迫る
野球をしている様子②(川嶋選手より提供)

網膜色素変性症は、4,000〜8,000人に1人の割合で発症する進行性の難病です。症状には個人差がありますが、暗い場所で見えづらくなったり、視野が狭くなったりといった変化が見られ、進行すると視力を失うこともあります。

小学4年生のときにこの病気と診断された川嶋さんは、その後パラリンピック競技であるゴールボールと出会いました。今回は、選手として活躍するまでの経緯や、病気との向き合い方について話を聞きました。

キャッチボールで感じた異変とその後の診断

川嶋さんは小学4年生のとき、お兄さんとキャッチボールをしていました。その際、ボールが視界から消えたように感じ、うまく取れなかったといいます。その様子を見たお兄さんは「え?どうしたの?」と驚いたそうです。

野球をしている様子①(川嶋選手より提供)

また学校でも、後ろの席から黒板の字が見えず、前まで歩いて確認していました。

この異変を心配したお兄さんが両親に伝えたことをきっかけに眼科を受診。視力検査で眼鏡の度数を調整しても視力は改善せず、大学病院を紹介されます。

精密検査の結果「網膜色素変性症」と診断されましたが、その時点では本人には告げられていませんでした。母親が医師と先に話していたことから、告知の時期について相談していたかもしれないと考えられます。

野球をしている様子②(川嶋選手より提供)

知らされなかった病名と揺れる思い

川嶋さんは中学校から盲学校に通い始めました。しかし当時は病名を知らされておらず、入学時には「見えている自分が通ってもいいのだろうか」と戸惑いを感じます。

中学1年生の時点では視力は0.2〜0.3程度あり、地元のクラブチームで野球も続けていました。夜盲症の自覚もなく、自分が障がいのある状態だという認識はありませんでした。

野球をしている様子③(川嶋選手より提供)

転機となったのは進学後、先生から「網膜色素変性症でしょ?」と声をかけられたことでした。気になって調べる中で「徐々に視野が狭くなり、やがて失明する」という記述を目にします。

そのとき川嶋さんは「本当に見えなくなるのだろうか」という不安と、見てはいけないものを知ってしまったような衝撃が入り混じる感覚を抱いたそうです。

中学3年生から高校1年生ごろ、母親から涙ぐみながら病気について正式に伝えられました。

それまでに自ら調べていたこともあり「やはりそうだったのか」と、受け止めることができた川嶋さん。一方で、当時は日常生活に大きな支障がなかったため「これから本当に見えなくなるのか」「野球を続けられるのか」といった不安も抱いていました。

その後、高校後半から卒業にかけて視力に変化が現れ、小さな文字が見えにくくなったり、テレビを見る距離が近くなったり、物がぼやけて見えることが増えていきました。高校卒業後には夜間の視力がさらに低下し、人を見間違えることもあったといいます。

野球をしている様子④(川嶋選手より提供)

視力の変化と現在の生活

網膜色素変性症は、徐々に視力が低下していく病気です。

進行速度は個人差がありますが、川嶋さんの場合は医師から、3年から5年単位で少しずつ進行していると言われています。現在は、明かりだけが見えている状態です。日中の屋外などでは強い眩しさを感じて視界が真っ白になることもあり、夜間は街灯の明かりをかろうじて感じ取っているそうです。

生活の変化とともに感覚が研ぎ澄まされ、頭の中で地図や図面を思い描きながら行動するようになりました。日常の移動ルートや仕事での手順は、一度で覚えることを心がけています。

現在は、ウェブ関係の仕事で活躍。これまでパソコンに触れる機会は少なかったものの、操作も一度で覚えられるよう努めています。
「パソコンのスキルは上がったかもしれません」と語っていました。

ゴールボールとの出会い

川嶋さんは、中学校から通い始めた盲学校での体育の授業で、ゴールボールとの出会いがありました。

他にも、ブラインドサッカーやフロアバレーボールもしましたが、ゴールボールを極めようと思った一つは、パラリンピック競技だったこと。もう一つは、中学2年生のときに赴任してきた体育の教員がゴールボール男子日本代表の監督だったことでした。

ゴールボールをしている様子①(川嶋選手より提供)

「やってみないか」と声をかけられたときのことを「野球で培った投げることや、横になる動きが目に留まったのかもしれません」と振り返ります。

選手として本格的に取り組むようになったきっかけは、あと1勝で日本選手権出場という試合で敗れた悔しさでした。さらに、高校2年生のときにアメリカで開催されるワールドユースへの出場を勧められたことも、やる気を高める大きな要因となります。

ゴールボールは、1チーム3人で、鈴の入ったバスケットボール大のボールを転がして投げ合い、得点を競う競技です。同じように視覚に障がいのある選手同士で行うチームスポーツでもあります。

川嶋さんは、実際に競技に取り組むなかで「全盲の選手が前向きに過ごしているのを見て、一つのスポーツでこれだけ人生を楽しむことができるのだ」という思いを抱きました。そして、同じ境遇の人たちとの関わりは、川嶋さんに対してもっと頑張ろうという気持ちを奮い立たせ、より競技に対して真剣に向き合うきっかけとなっていきました。

これからたくさんの挑戦を…

川嶋さんはゴールボールを通じて、感じ取る力、聴く力、匂いで判断する力、手触りを通して周囲の状況を詳細に把握する力などが磨かれました。例えば、指先の感覚だけで机の上のわずかな変化に気づくこともあるといいます。

こうした経験を通して伝えたいのは「限界を決めないこと」です。人が本来持つ潜在能力は、磨くことで発揮できるようになるといいます。

ゴールボールをしている様子②(川嶋選手より提供)

今後の目標は、ロサンゼルスパラリンピックでメダルを獲得すること。さらに、ゴールボールを世界に広めることやアジアリーグの設立にも挑戦したいと考えています。将来は指導者として活動することや、海外で働くことも視野に入れており、挑戦はこれからも続きます。

最後に、視覚障がいのある人が日常で感じる不便さとして、タッチパネルでの注文や無人駅でのインターホンの位置が分かりにくいこと、セルフレジの利用、タクシー乗り場の把握などを挙げていました。

川嶋さんの経験や前向きな姿勢から、多くの気づきや勇気をもらえる内容でした。こうした声から、日常生活の中にある課題に目を向けていく必要性が見えてきます。誰もが安心して過ごせる環境づくりについて、考えるきっかけとなりそうです。

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