自然豊かな農業の町、福岡県うきは市。そこには「うきはの宝」という75歳以上のおばあちゃんたちが働く会社があります。少子高齢化が進む中、おばあちゃんたちと若者が協力して働くことで地方の田舎を元気にするモデルケースとなり、少子高齢化に苦しむ日本を救う…という想いから、おばあちゃんたちと地域の若者によって設立された会社です。
そこで「うきはの宝株式会社」代表の大熊さんに、おばあちゃんたちとの出会いや実際の活動などについて聞きました。
年齢75歳以上のおばあちゃんたちが働く「うきはの宝」
うきはの宝株式会社を設立したきっかけは、75歳以上のおばあちゃんたちが、国民年金の受給だけでは生活が苦しかったり、することがなかったりして、生きがいを失っている現状があったためです。収入と生きがいを生み出す仕事と環境が必要だと感じ、会社を設立しました。
また、20代のころ4年ほどバイク事故で長期入院をしていた大熊さん、そのときに入院していたおばあちゃんたちに人生を救ってもらったことが人生のターニングポイントでもありました。そこで「おばあちゃんという属性に恩返しをしたかったという強い想いもあります」と語ります。

75歳以上の女性と一緒に働く環境を作ろうと考えた理由は、大熊さんが起業準備をしていた7年ほど前は、70歳代前半位までの仕事やパート・アルバイトなどの求人はあるものの、75歳以上の求人募集は一つもなく、働く場所が一つもなかったからでした。そして、本来はおじいちゃんとおばあちゃんが働く会社でスタートと考えていたのですが、おじいちゃんの採用は本当に難しかったといいます。
それは、まず外に出て来ない傾向があることと、同性で年下の大熊さんが経営者であり、リーダーという状態になることで、おじいちゃんたちのプライドが許せないという難しさがあるためでした。
「うきはの宝は高齢者に強制労働をさせたい訳ではなく、働きたい、働いてみたいという高齢者の方々が自発的に働きに来る、この部分の動機付けを事業スタート時におじいちゃんたちには提示できなかったと思います」と大熊さん。
世の中からの厳しい意見と現実問題
事業6年目の今は、おじいちゃんたちも加わって働いています。
また、事業準備をしていた7年前には「高齢者を働かせるなんてなんということか、不謹慎だ、高齢者に強制労働をさせる気か。99.9%こんな会社は儲かるはずがない、続くはずがない、こんなことやっても何の意味もない」と世の中から多くの批判を受けたともいいます。
おばあちゃんたちの可能性と、今後の社会に高齢者の活躍や就労は必ず必要になってくると確信を持ってやっていたという大熊さん。しかし、あまりにも世の中から批判や誹謗中傷が多く「しんどい思いもしてきたのは事実です…」と当時のことを振り返ります。
「リスクを取り、行動していた僕らに対し、安全な場所から好き勝手に批判する人たちを『うるさいな』と思っていました」と大熊さん。当時はこうした状況でしたが、ここ最近になって世の中の見方も変わり、高齢者の活躍や就労に対して評価をしてくださるようになってきたと話していました。

75歳以上のおばあちゃんたちと共に働くことになった大熊さんでしたが、当初は前例のないことに挑戦したのですべてが手探り状態で多くの苦労をしてきました。その一つはお金の問題でです。
何度も何度も資金的には苦しい時期や場面が訪れたといいます。しかし、徐々に事業の展開を進め、売上規模は大きくはなってきました。
「でも、今も苦しい場面はあります(笑)」と大熊さんは話します。
さらに、起業当初はメンバーのおばあちゃんたちの間での喧嘩が絶えず、うまくいかないことばかりでした…とも語っていました。
高齢者の孤立を防ぐ場
現代では、社会保障費や医療費、介護保険の負担が増し、さらに超高齢化による社会保障費の増加が問題となっています。
それに対して大熊さんは、高齢者が働くことによって「生きがい」と「収入」を創ることは、当事者である高齢者と共に働き経済活動をすることで、社会保障費を抑えられることに繋がっていくと確信を持っていると話します。
また、うきはの宝のような働く場があることは、高齢者の孤立を防ぐ場になってくる、新たな高齢者の居場所作りになると思うと大熊さん。
「日本はこれから迎える超高齢化によって国民の多くが高齢者になり、認知症の方々が増え続けることによっての問題は大きな社会問題になってくると危惧しています」といいます。
認知症の方も地域や社会と関わり、経済活動に参加できるようにするため、大熊さんたちは『ばあちゃん喫茶』を運営し「認知症になっても、介護を受けていても役割があれば輝ける」ことを示していくと語ります。
4つの柱で事業を展開
うきはの宝では4つの部門を柱にして事業を行っています。
一つ目は「ばあちゃん飯」です。おばあちゃんたちの昔ながらの味で食品製造・販売をしています。主に自社サイトにおいて通販で販売していますが、定期的にマルシェやイベント出店で、おばあちゃんたちの手料理を振る舞っているといいます。
次に福岡県で4店舗展開している「ばあちゃん喫茶」では、実際におばあちゃんたちが喫茶店で働いています。福岡市城南区梅林店、福岡市早良区URしかた団地店、福岡県春日市ぶどうの庭店、福岡県久留米市田主丸店とあります。
さらに全国のおばあちゃんたちを取材し、「ばあちゃん新聞」に掲載しています。自社メディアで新聞&Web版を発行・運営しているこの新聞は、おばあちゃん界では圧倒的な人気を誇り、月間発行部数1万部を目指しているといいます。

4つ目は「ばあちゃんの学校」。おばあちゃんたちが全国から集まり、学び、教え、多世代や企業と交流する場です。
「1dayイベント!そしてそれを他地域にコンパクトな形で渡して行き全国へ!」と、おばあちゃんの学校の参加者、参加企業様、団体様を募集しています。
「うきはの宝」で働く75歳以上のおばあちゃんへ質問
ここでは、実際にうきはの宝で働いている方に話を聞いてみました。
ーうきはの宝で働こうと思われたきっかけについて教えてください。
この年になっても働けるか不安だったけど、うきはの宝の大熊さんが熱心に誘ってくださったので、一歩前に進んで挑戦してみました。(89歳)
地域のお友達から「うきはの宝って会社が何歳になっても働きに来てもいいのよ」って聞いたから申し込みました。(83歳)
日々することがなくて、ちょうどこういったのを探していたのよ。(81歳)
うきはの宝の大熊さんに誘ってもらって働きに来るようになりました。いくつになっても頼られるのは嬉しいです。(78歳)
ーうきはの宝で働くことを通じてどのようなことをやりがいだと感じていますか?
働くことで普段の生活にメリハリができました。(89歳)
家で一人でいるよりも、うきはの宝に来ると仲間がいるので仲間と一緒に働くのは楽しいです。
お金を稼いでお寿司屋さんに行ってみたい。旅行にも行ってみたい。マロンちゃん(犬)の餌を買いたい。(91歳)
自分で働いて貰ったお給料を貯めて孫にプレゼントを買うのが生きがいです。(78歳)
職場の先輩から学ぶことがいまだ多くあります。(84歳)
この年になっても人から頼られる、お客様から喜んでもらえる、必要とされる、役割があることが生きがいです。(88歳)

ー定年を過ぎても働くことができる環境についてどのように思われますか?
働くこともそうだけど、死ぬ間際まで活動をしながらピンピンコロリで死にたい。
年々することがなくなったり、行く場所ややる用事がなくなったりしてくるので、働くことも含めて日々やることがあるのは大事だと思う。
年寄りには「教育」と「教養」が大事。きょういくとは、今日いく場所。きょうようとは、きょうやる用事。場所と用事が年を取ってもあるかどうかは大事。
多くの方々から、生きがいややりがいになっているなどの声をいただきました。
高齢者と共に輝き、働き、経済活動をしていく
大熊さんはうきはの宝の今後について、20〜90歳代までの多世代型協働であるため、若い人たちのマネジメントやビジネスの力が必要だといいます。
そして、今後も事業を続けることによって伝えたいことは、おばあちゃんやおじいちゃんが、社会の負担のように見なされる世の中にはしたくないということです。
「だからこそ当事者のおじいちゃんおばあちゃんたちと共に輝き、働き、経済活動をしていくことで示していきます」と。
また「他者&他社の方々との連携と共創を強め、高齢者の活躍、就労のアプローチを加速させます。他の企業様、起業家、自治体、行政、国、介護施設や医療法人、福祉の分野の方々とも組んで日本で高齢者が生き生きと働き経済活動をする姿を信じて進めて参ります。同じ想い、志を持っている方々がこの日本にいらっしゃることも信じています」と語っていました。

大熊さんは「75歳以上のおばあちゃん、そしておじいちゃんたちの働く可能性を信じ、そしてそれらのノウハウを渡していく段階に来たと思います」と話します。そこで著書『ばあちゃんビジネス』が小学館から発売されました。

「日本の各地で、おばあちゃんビジネスに取り組んでみようという方々に、ある一定期間、弟子や見習いとして研修に来てもらい、おばあちゃんビジネスの理念やノウハウを伝えていきたいです」と大熊さんは語ります。
誰かに必要とされること、やりがいを感じられることは日々の活力にも繋がり、生きがいにもなります。75歳以上の方々は、さまざまなことを経験しているため、教わることもたくさんあるでしょう。しかし、こうしたビジネスを続けていくためには、若者の力も必要となります。少子高齢化問題は、お互いが協力し合ってこそ解決へと繋がっていくのではないでしょうか。