逆走車と衝突した女性「あ、足がない」 その後、救急車で搬送後…医者「命が助かるかわかりません」 当時と現在の様子に迫る

逆走車と衝突した女性「あ、足がない」 その後、救急車で搬送後…医者「命が助かるかわかりません」 当時と現在の様子に迫る

看護師として働いていた@amedama_candy39さんは、バイクに乗っていた際、逆走してきた車と正面衝突する事故に遭いました。

車に突き飛ばされて地面に打ち付けられ、起き上がろうとしたとき、自分の右足がないことに気づいたといいます。

治療やリハビリを経て看護師として復帰した@amedama_candy39さんに、事故当時の状況や復帰までの道のりについて話を聞きました。

逆走車との衝突、事故直後に待っていた恐怖

事故に遭ったのは、バイクで片道3時間かけて友人を送り届けた帰り道でした。

車に突き飛ばされた瞬間は宙に浮き、一瞬時が止まったように感じたという@amedama_candy39さん。その後、勢いで地面を約1分間滑り続け、「周りにある何かに突き刺さってしまうのでは」と恐怖を覚えたと振り返ります。

ようやく身体が止まり、バイクを起こそうとしたところ、右大腿骨が露出し、そこから先の右足がないことに気づきました。出血を抑えるため動かずにいたものの、目の前を何台もの車が通り過ぎていき、約5分間、一人で救助を待つことに。

そのうち、通り過ぎた2台の車が引き返し、車を降りて遠くから様子をうかがっていたといいます。そこで、@amedama_candy39さんが「すみませーん!救急車お願いしまーす!」と声をかけると、男性たちは救急車を呼び、フルフェイスのヘルメットも外してくれたそうです。

救急車は8分ほどで到着する予定でしたが、翌日は日勤の予定だったため、職場に連絡しなければと思った@amedama_candy39さん。衝突の際に飛ばされたスマートフォンを男性たちに探してもらいました。

スマートフォンを受け取り、右手で文字を打とうとしたところ、そこで初めて右手も大きく負傷していることに気づき、職場への連絡は諦めたそうです。

手も負傷していた(@amedama_candy39さんより提供)

「命を守るために足を切断します」緊急手術へ

救急車が到着した頃には、まぶたが自然に閉じるほど意識が朦朧としていました。それでも「死にたくないので、起きなくては」と、意識を保つことに集中。

病院に到着してからの記憶は曖昧ですが、緊急手術を始める際、医師から「命を守るために足を切断します」と告げられ、「お願いします」と答えたことは覚えているといいます。

右足の切断については、「事故のときに右足がすでにちぎれていたので、驚きはなかった」と語る@amedama_candy39さん。

医師からお母さんには、「娘さんの命が助かるかわかりません。命を助けるために足を切断します」と説明があり、家族は早朝便で沖縄から栃木まで駆けつけてくれました。

事故後は退職を余儀なくされ、栃木の病院に1ヶ月と5日、沖縄の病院に2週間ほど入院しました。

その後、「大腿骨頭壊死があるため、荷重をかけられない」と説明を受けましたが、医師と相談のうえ自ら退院の準備を進め、退院を希望したといいます。通常、大腿義足の場合は入院してリハビリを行うそうですが、@amedama_candy39さんは特別な経過として外来でリハビリを受けたと話します。

リハビリに励み、看護師として復帰

リハビリには楽しく取り組んでいたという@amedama_candy39さんですが、大変なことや悩むことも多くありました。

右利きだったため、片手が使えないことに不便を感じ、文字を書いたり食事をしたりするのにも時間がかかりました。入浴も当初は介助が必要で、髪を看護師に結んでもらっていました。

また、右足がない状態に慣れず、以前と同じように歩こうとして転んでしまうことも。短い距離でもケンケンで移動するのは大変だったと振り返ります。義足を装着することも苦痛で、初めて体重をかけたときには激痛があったとのこと。

現在も傷の痛みや幻肢痛に悩まされているといいます。

そんな中、心の支えとなったのが、変わらず接してくれた家族や友人の存在でした。

義足をつけて再び歩けるようになった@amedama_candy39さんは、その後、看護師として復帰。復帰当初は喜びよりも「大変すぎてつらかった」という思いが強かったものの、「つらくても、自分のやりたいことをやれているのは幸せだった」と明かしています。

「人生は楽しんだ方がいい」と伝えていきたい

@amedama_candy39さんが、自身の経験を初めて発信したのは、障がいのある自分や、バイクが好きな自分に対して、どのような反応が寄せられるのか知りたかったからでした。

また、義足で病棟看護師として働けるのか前例がなく、不安もあったそうです。自分が働けることを示せたら、同じような人に向けて発信していこうと決めていたといいます。

さらに、仕事復帰から半年ほど経った頃、顔面神経麻痺の治療でYouTubeに出演。多くの反響が寄せられたことで、自分の経験が誰かの支えになると実感したことも、発信を続けるきっかけになりました。

今後、SNSを通じて伝えていきたいメッセージは、「人生は楽しんだ方がいい」ということ。そして、これからの目標として、幸せな家庭を築きたいと話してくれました。

思いがけない事故で右足を失ったものの、治療やリハビリを経て看護師として復帰し、現在は安全面への配慮を行ったうえで再びバイクにも乗っている@amedama_candy39さん。その道のりは言葉では表せないほど大変だったと思いますが、そうした姿を発信することで、救われる人や力をもらえる人がたくさんいるのではないでしょうか。

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