3年に1度、瀬戸内海に浮かぶ島々を舞台に展開されている瀬戸内国際芸術祭。毎回、大小さまざまな現代アート作品が制作されていますが、その多くは島の企業や住民のサポートのもと完成していることを知っていますか? まさに縁の下の力持ち。アート制作を支える島の企業に、制作の裏側を取材しました。

完成すると見えない基礎を作る

話を聞いたのは、矢田建設の矢田常寿社長。2022年の瀬戸芸で制作をサポートした作品は主に、中山地区の「ゼロ」(王文志)と、神浦地区の「ダイダラウルトラボウ」(伊東敏光 広島市立大学芸術学部有志)です。ともに高さ約10mにもなる大型の作品。まずは王文志さんの作品について話を聞きました。

王さんの作品「ゼロ」。約4000本の竹を編んで作った作品です

「王さんは毎回、たくさんの竹を編んだ作品を制作していますが、その土台となる基礎工事をうちがしています。最初の瀬戸芸、2010年のときは大変でしたね。まず『瀬戸芸って何や?』という状態で、王さんの作品も見たことがない。作品の完成図といくつかの図面を頼りに基礎工事をしました」

王さんの作品の基礎部分(矢田建設より提供)

それから回を重ねるごとに王さんとも信頼関係ができていき、作業もスムーズになっていったそう。
「とくに今年はコロナの影響で来日が遅れ、本人のいないなか作業しないといけませんでした。それでも、こっちも勝手がわかっているし王さんも信頼してくれているので、送ってくれた完成図と図面をもとに作業ができたんです。これは、今まで10年以上やってきたからこそだと思いましたね」

普段は道路工事などの土木作業をしている矢田建設。「瀬戸芸の時期になると、うちのスタッフは道路工事よりそっちに行きたがりますよ」と社長

矢田社長は、基礎工事が終わった後、王さんが制作を始めてからも毎日現場に顔を出していたそうです。
「作品の制作には、いろんな道具や資材が必要です。もちろん彼らが台湾から持ってくるものもありますが、現地で調達するものもある。毎日現場で足りないものはないか聞いて用意するんです」

とはいえ王さんをはじめチームのメンバーが話すのは中国語。「現場に通訳さんがいるときもありますが、いないときはもうジェスチャーだけ。どのくらいの大きさの、何が、どのくらいの数必要なのかをジェスチャーで伝え合いますが、なんとかなるもんですよ」と笑います。「彼らと私が唯一理解し合っている言葉が『ワンメーター』、これだけ。両手を1メートルくらいに広げて動かしながら『ワンメーター、ワンメーター』と言えば、ああ、2メートル必要なんだなとわかる。そんな感じです」

王さんの制作チームのスタッフが被っているのは、矢田建設のヘルメット

何よりも安全を第一に

矢田社長が何よりも気を使っていたのは、作業の安全性。ヘルメットを用意していなかった王さんのチームのために、会社にあったヘルメットを人数分かき集めて現場に運び、作業期間中ずっと貸し出していたそうです。

「それでも王さんのチームはスタッフもみんなプロだから、安心感はあるんです。それに対して、広島市立大学の伊東先生の方は学生さんが一緒に作業するから心配で。安全に怪我なく作業するにはどうしたらいいか、毎回悩みますね」

広島市立大学教授の伊東敏光さんと学生有志が制作した「ダイダラウルトラボウ」。海を眺めてひと休みする巨人をイメージした作品です

「王さんは、形は違いますが竹を編んで制作するという点ではいつも同じ作品。ですが、伊東先生は毎回形も大きさも素材も違うので、完成図をもらって『さあ、どうやって作ろうか』と考える感じです」

伊東敏光さんと矢田社長。制作中の現場にて

「今回の作品は、高さは約9m。高所での作業が増えるとそれだけ危険が増えるので、まず上半身と下半身を分けてそれぞれ別で制作し、上半身ができたらクレーンで吊り上げて取り付けるという方法をとりました。そうすれば高所作業が最小限で済みますよね。そんな感じで、常に事故や怪我がないように気を付けています」

高所作業のときは、ヘルメットを被って命綱を付けて作業していました

地元が本気でサポートすることが大切

実際に2010年に瀬戸芸が始まって、その集客力に驚いたという矢田社長。実は独自に島内を調べて作品を設置できそうな場所をピックアップしているそうです。

「空き家とか、池のほとりの土地とか、廃業した施設とかをピックアップして、所有者を調べて、もっというと駐車場はどうするとか、そういうことまで考えて場所のリストを作っています。結局、地元がどれだけ本気でサポートするかが大切。私は中山と神浦を中心にお手伝いしていますが、島内のほかのエリアではその地区の業者が同じように手伝っていますよ。地元の住民や役場、業者、みんなが一緒になってどれだけ本気でアーティストをサポートできるか。それがいい作品ができることにつながり、島の活性化にもつながっていくんじゃないでしょうか」

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