山道を走っていると突如現れる巨人。ひと目見たら忘れられないインパクトのあるこちらは、瀬戸内国際芸術祭2022の作品「ダイダラウルトラボウ」です。その足は自然の石を一つひとつ積み重ねた石積みでできており、顔はよく見ると船のような形をしています。作者は彫刻家の伊東敏光さん。巨人に込めた思いや制作のなかでの苦労を聞きました。

―この作品が誕生した経緯を教えてください。
巨人が海を眺めながら腰を下ろして休憩している姿を表現しました。昔から世界各地に残る巨人伝説に興味があったんですが、巨人はしばしば災いをもたらす悪魔的な描かれ方をしていて、それはつまり自然とか神とか宇宙といった人知を超えたもののたとえだと感じていたんです。このコロナ禍で私たち人間は大きなダメージを受けましたが、実は私たちの住む地球は人間の所有物でもなければ人間の都合だけでできているものでもないですよね。そのことが自分のなかで巨人のイメージと結びついて、今作るなら巨人だなと思ったんです。

彫刻家で、広島市立大学芸術学部教授の伊東敏光さん。広島から何度も小豆島に足を運び、制作を進めました。

―素材はどんなものを使っているのですか。
この作品がある神浦(こうのうら)という地区には昔ながらの細い道や段々畑があって、そこに使われている石積みの石が道路の拡幅工事で撤去されると聞いて、それを巨人の足の部分に使わせてもらいました。また、頭と胴の部分に使っているのは広島の厳島神社の神事で使われていた舟。これも新造船ができたときに古いものを譲り受けたんです。人々の暮らしのなかで役割を持っていて、その役割を終えたものたち。それぞれの土地の歴史や記憶を持って、この巨人が各地を移動しているというイメージですね。

制作途中の様子。顔と胴の部分には、厳島神社の「管絃祭」で使われていた舟を使っています。

神浦の集落で使われていた石積みの石を、再度積み直して巨人の足を作りました。

―制作にあたって印象的だったことは?
巨人のいるこの風景の美しさです。単純にきれいということじゃなく、刻一刻と風景の見え方が変わって、いっときも同じものがないような状況で作業ができた。そのことは自然と自分との関係を考える上でとても印象的な出来事でした。

背中側に回ると巨人と同じ景色を眺めることができ、不思議な一体感を感じます。同じポーズで写真を撮っても楽しそう。

―島で制作することの難しさは?
屋外での制作という意味で、自然を自分たちの力でコントロールできないということが大変でした。広島から小豆島に来て、今回の滞在は1週間だからここまでやろうと思っていても、雨が降ったり風が強かったりするとなかなか思い通りにいかない。今回はそれに加えてコロナもあったので、来るたびにPCR検査を受けたりするのも大変でした。

制作途中の様子。広島大学芸術学部の学生有志も制作を手伝いました。

制作中の現場にて、伊東さん(左)と、小豆島の建設会社の社長(右)。大きな作品の場合は地元の業者の協力も不可欠です。

―瀬戸芸で制作することの魅力は?
屋外でこれだけ大きな作品が作れることがまず楽しいですね。それに、これは制作者も作品を見る人も同じだけれど、島という環境だから船を乗り継いで海を渡って行きますよね。その過程で少しずつ日常生活から離れて行って、その先で作品を見るというのも大きな魅力だと思います。みんないろいろ悩みや心配事があると思うけど、ここに来たら少しの間そういうことから離れて、子どものようにまっさらな気持ちでアートや自然を楽しんでほしいですね。

この作品が設置されているのは、小豆島の三都半島。会期に関わらず常時鑑賞できます。

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