香川県三豊市にある古民家カフェ「季(とき)」には、行き場のない規格外野菜を生かす仕組みがある。オーナーパティシエの石井優香さんが、捨てられるかもしれない野菜たちを「私が買い取ります」と宣言し、ランチメニューに活用。固定メニューがない代わりに、週替わりメニューを提供するスタイルを生みだした。晴れた日曜日、カフェを覗いた。

新鮮なイチゴを生かして限定メニューに

「今日はイチゴが余ったから」と、農家から10キロほど「さぬきひめ」が届いた。石井さんは、真っ赤なイチゴを味見して、期間限定メニューを考案した。甘酸っぱさを残しつつ、自然の甘さを味わえる「苺ミルクシェーキ」と「苺スフレ」。2022年は5月いっぱい提供された。

「素材がとても美味しいので、余計な手は加えないようにしています」

季節限定の「いちごスフレ」はオリジナルソース付き

6月の限定メニューは、旬を迎えたブルーベリーのスフレに変わった。石井さんいわく「今まで私が食べていたブルーベリーは何だったのだろうと思うほど、三豊のブルーベリーは美味しい」。良質な素材が使われていると、それだけで贅沢な気分になれる。

素材を生かすことが、石井さんのコンセプトだ。市場に流通しない規格外野菜は、予告なく石井さんのカフェに届く。そのため、直前までどんなメニューが提供できるか決まらない。毎週2種類のランチメニューを考えて、フェイスブックで告知。メインは肉や魚を選べるように工夫し、栄養バランスを考慮している。その時ある素材を使うため、自然と地元の野菜や果物を多く使うメニューができる。

「その野菜、私が買い取ります」

石井さんが規格外野菜の存在をリアルに知ったのは、地域おこし協力隊として三豊市に移住した3年前だった。小さい、大きい、曲がっている、少し傷がある。そんな理由から市場に卸せない野菜。味見をしたら、問題なく美味しかった。こうした野菜は農家が近所に配ったり、自宅で消費したり、最悪の場合は廃棄されると知った。そこで石井さんは、カフェの材料として買い取ることを決めた。

メインの海苔巻きは作り置きせず、客の来店後に一本ずつ巻いた

「先日は、小さい新玉ねぎがダンボールいっぱい届きました。ブロッコリーはコンテナに3個分ほど。買い取り価格は高くないのですが、農家の方が袋詰めする手間もいらないので、収益化に少しでも貢献したいと思っています」

カフェの一角で、詰め放題の野菜を提供することもあり、消費者にも規格外野菜の存在を知ってほしいと考えている。

美味しい食べ方は農家の直伝

カフェ「季」の近所で育つ三豊なす。独特の形が特徴だ

石井さんは「野菜の美味しい食べ方を知っているのは農家さん」と話す。

農家直伝のレシピを聞いてみたら、7月に旬を迎える三豊なすの食べ方を教えてくれた。ホイルで包んで丸ごと焼くそうだ。30分くらいオーブントースターに入れるだけ。三豊なす自身の水分で、丸焼きになり、旨味も逃げない。塩コショウやポン酢、味噌をつけてシンプルにいただく。

シーズン終わり頃の10月になると、三豊なすの皮が硬くなるので、変化に合わせて調理する。この時期は、市販の味つき唐揚げ粉をつけて一口大にして揚げるのがオススメだ。「まわりがサクサク、中がとろとろ。絶品なんです」。特に、規格外の三豊なすは皮が厚いため、トロッとした美味しさを堪能できるのだとか。

開店前にサラダのレタスを盛り付ける

他にも農家の知恵は多い。「春を過ぎたら水道水がぬるくなるので、『レタスは氷水でシャッキとさせるといい』と教えてもらいました」。

築100年以上の古民家を改築

白壁が印象的なカフェ「季」の外観

カフェ「季」は、2021年4月にオープンした。県外から訪れる人も増えており、味わいある古民家そのものが目的の人もいる。この地域の庄屋だった旧宇野邸を改装して、その雰囲気を壊さずにカフェに生まれ変わらせた。

しっかりした門と白壁の蔵が、築100年以上の歴史を感じさせる。庭には、近所の人が植えてくれた花々が彩りを添える。取材した日は、青いネモフィラが満開だった。

近所のコミュニティの場に育てたいという思いもあり、気軽に参加できる部活動も始まった。石井さんが講師になってお菓子作りを教える活動のほか、外部講師によるマインドフルネス部が活動している。5月末には敷地内に、愛知県からの移住者が木工アトリエをオープンさせた。

石井さんが手書きした黒板には、取引先農家の名前が紹介されている

山あいにあるカフェの外に出ると、鳥のさえずりや風の音しか聞こえない。「みんなで盛り上げる拠点として、農とカフェの豊かな関係を作っていきたい」。石井さんの言葉通り、近所の人も、県外の人も、少しずつ人が集まる場所として育っている。

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