香川県高松市片原町のアーケード街を、南に入る細い路地。かつての歓楽街の面影を色濃く残す一画に、美酒立呑 芽論(めろん)はあります。わずか2坪半の立ち飲み屋に立つのは、伊藤光臣さん、節子さん夫妻。2016年のオープン以来、県内ではなかなかお目にかかれない日本酒を取り揃え、界隈のお酒好きから根強い支持を集めてきました。

酒場詩人こと吉田類さんが、自身の著書『酒場詩人の美学』のプロローグに取り上げるほど惚れ込み、常に活気にあふれていた店ですが、新型コロナウイルスの流行はやはり大きな転機になったそうです。

あらゆる飲食店に困難な課題を突きつけた危機にいかにして向き合ったのか、そしてアフターコロナをどのように見通しているのか――常連客との掛け合いも軽妙な2人に、じっくり話を聞きました。

“人と違うこと”に自らの使命を見出して

店名の由来は9年前に亡くなった愛犬。その名を絶対に残してやりたいとの思いがある

「したいことだけして、現在に至る」

30年以上連れ添い、苦楽をともにしてきた光臣さんについて、節子さんは少しおどけながらこんな印象を聞かせてくれました。

実家の中華料理店を継ぐべく大阪の調理師専門学校で学ぶも、自分の店がしたいと洋風居酒屋を開業。並行してストリート系の洋服屋を開くとこれが当たり、アパレル一本に……と、その経歴は確かに多彩。芽論のオープン直前は、フリーのグラフィックデザイナーとして、カタログデザインやウェブ制作を手がけていました。

いわゆる「日本酒の店」とは一線を画すしつらえが随所に。若い人も入りやすい雰囲気だ

のちにまったく毛色の異なる立ち飲み屋へと舵を切った裏側にも、好きなことを仕事にしたいというシンプルな思いがあったそうです。

「歳も50何歳になって、眼精疲労もひどいし。デスクワークで座っとるんがダメで。そのころにすごい日本酒にハマっとって、日本酒やろかって」

より多くの人に日本酒のおいしさを伝えたいと考えた光臣さんは、節子さんを2年にわたって説得。お互いが幼少期から遊び慣れた高松の繁華街に、小さな店をオープンさせるに至りました。

十四代、而今など、入手困難な銘柄が並ぶ

当初の品揃えは、光臣さん自らが吟味した日本酒のみ。ただでさえ立ち飲み業態の少ない高松にあってビールなどは置かず、あえて「かくかくっとした店(節子さん)」を形づくった背景には、「人がやらないことをする」という光臣さんの意気込みがありました。

「この人は結局ずっとそれ。洋服のときも香川では絶対買えんようなブランド。人とおんなじもんがいや。服でも人とおんなじもんは着ない。(お酒も)香川で買えんもんを選んどるわけやないけど、このへんで買えるもんだけでは満足せん」

そんな節子さんの言葉を受けて、光臣さんはこう続けます。

それぞれの銘柄について話を聞くのも楽しい時間だ

「それは誰かが少なからず求めとるもんやと俺は思っとるんやけど、やる人がおらんだけの話で。それをやってきたわけよ。でも、それが二番煎じだったらいやなんよ。誰も開いていないところを。それは商売にもつながったりするわけで」

話に聞くことはあっても、なかなかお目にかかれない名酒を味わえる。見ず知らずの客同士で話が弾む。路地裏の新しい「文化」がもたらしたのは、それまで知らなかった物事に出会える新鮮な体験でした。