「なぜ庭でカレー屋を始めたのだろう?」

40歳になった森さんは役者になる夢を諦め、故郷の香川県に身を埋める決意をした。就職後は今の家に引っ越し、新しい暮らしを始めた。奥さんと出会ったのはこの頃だ。子宝にも恵まれ、安定した暮らしを送っていたが、常にモヤモヤも抱えていた。

「幸せだったのですが、自分のやりたいことを仕事にしたいという思いが強くて。何をすべきなんだろう?と思い悩んでいました」

もちろん自分の店を持つことも、夢見ていた。

「でも資金もないし、仕事をやめて店を持つリスクを考えると決心できませんでした。あと、もう一つ悩みがあって。私は高松市に実家があり、綾川には知り合いがいなかったんです。地域に溶け込むにはどうしたらいいか?と考えた結果、庭で週末だけにカレー屋をやることになったんですよ。庭は自由に使っていいですから」

確かに庭は、プライベートと公共の中間に位置する空間だ。たとえカレーを食べなくても、ふらっと立ち寄りやすい。固定費もかからないし、仕事も続けられる。名案だが、地域に溶け込む為にカレー屋を始めた人なんて、聞いたことがない。森さんの発想は、常識破りなのである。

水晶玉を使った大道芸を披露。「差別化を測るためにも、お客さんに披露しようかなあと思って始めたんですけど、忙しくて無理です」という森さん。

「オープン後、成長していく店」

それから準備を進め、オープンを迎えたのは2017年の3月だった。

「2,000枚くらい近所にビラを配りました。庭にタープを立てて、簡易の椅子と机を用意しただけの、ただの庭でした。誰もこんのちゃうかなあと、妻とも話していました」と当時を振り返るご夫婦。

しかし、なぜかたくさんの来客があった。「自宅の庭」というフレーズにインパクトがあったのだろう。当初からカレーの味は抜群だったので、リピーターになる客も多く、忙しい日々が続いた。

しかし秋口になると、早速危機が訪れることになった。突如、客足が途絶えたのである。その理由は、「飽きられた」ではなく「寒いから」だった。

「庭だと季節に左右されることに、その時気づきました。冬はタープの周りをビニールで囲って、ストーブで暖をとったり工夫してたんですけど。強風でタープが倒れてしまうこともあったんですよ。だから家の中に案内する?っていう話も出たなあ。でも掃除するん大変やし、やめようかってなって」と森さんは笑う。

冬になると寒くなるくらいは予想できそうなものだし、片付けより心配すべきことはあるが、この「先はそこまで考えずにやってみよう」の精神こそ、大切なのだろう。

「そうですね。僕は、とりあえずやっちゃおうという性格で、最初は完璧じゃなくてもやりながら改良していけばいいと思ってるんですよ。固定費がかからない庭だと、それができるんです」

色々と思案した結果、エアコン付きの木造の小さな小屋を建てることを計画。翌年の秋口には無事に完成した。ちなみに記者が初めてカラクラを訪れたのも2017年の冬だった。凍えながら食べたが、それから足を運ぶたびにカラクラの庭はバージョンアップしていった。人工芝、手洗い場、ナンを焼く釜の設備が増え、テーブルもおしゃれになった。ある日、小屋が突然出現して、驚いたのを覚えている。行くたびにバージョンアップする庭を見ていると、支払ったカレーの代金の行き所がわかる気がして、ますますカラクラファンになっていった。これはアイドルの追っかけの心理に近いかもしれない。

突如現れた小屋。現在はコロナの感染対策で、アジアっぽい柄の布を垂らしている。

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