香川県三豊市にオープンしたゲストハウス「平田屋」。共同代表を務める橋村愛希葉さんは、フランスで働いたことが、日本の田舎の魅力に気付いたきっかけだったと語ります。「自分らしく生きられる場所」を探し続けた彼女の軌跡を聞きました。

築120年の古民家を再生

仁尾町の遠景

「日本のウユニ塩湖」「天空の鏡」と呼ばれる絶景・父母ヶ浜がある香川県の三豊市仁尾町。江戸時代に港町として繁栄したこの地には、今も古い家やお寺がたくさん残っています。そんな仁尾町に2021年3月、オープンしたのが「平田屋〜瀬戸内古街の暮らしの宿〜」。築約120年の古民家を再生したゲストハウスです。

ゲストハウス「平田屋」の前に立つ橋村さん

「平田屋」の共同代表を務めるのが、橋村愛希葉(はしむら・あきは)さん。香川県高松市生まれで、フランスで仕事をした後、三豊市に移住した20代の女性です。グローバルな舞台から香川の田舎町へ。その背景にはどんな思いがあったのでしょうか。

本音をぶつけ合い輝く、海外への憧れ

「皆、同じじゃなければいけない。そんな空気にうまくなじめませんでした」

橋村さんは高校まで高松市で過ごしました。部活動ではチアリーダーをするなど青春を楽しむ一方、地元の“同調圧力”に違和感を覚えることが多かったといいます。

高校ではチアリーダーとして活動

例えば、小学校の理科の授業。ある実験で、先生が「AとB、結果はどっちになると思う?」と生徒に尋ねた時のこと。予習をしてきた生徒たちがAに手を挙げると、他の生徒たちも一斉にAに挙手しました。「でも、やっぱり私はBだと思う」と橋村さんが1人、Bに手を挙げると、他の生徒たちは皆、橋村さんに「変なやつ」という目を向けたといいます。

自分の意見を言いたくても言えない。そんな息苦しさを感じていたある日、橋村さんは偶然、米国のテレビドラマ『glee/グリー』を観ます。同性愛者、アジア系、ユダヤ人……。映像の中では、さまざまな人たちが本音をぶつけ合い、輝いていました。「海外には、日本とは全く違う世界が広がっているのかも」と、憧れが募りました。

やっと個性が認められる場所に来た

カナダの友人たちと

高校卒業後、関西外国語大学に進学した橋村さんは、1年生の秋、カナダに4か月間の短期留学をします。現地では主にフランス人コミュニティと関わり、多くのホームパーティーに参加しました。フランス人は、夕食に2~3時間かけ、政治や社会問題などについて議論を交わします。ここで橋村さんは、フランス人たちが、友人同士であるのに全く別の考えを持ち、率直に意見をぶつけ合わせる姿に衝撃を受けます。

「ひとりひとりが違う考えを持っていて当たり前」という文化。
「やっと自分の個性が認められる場所に来た、と解放感を感じました」(橋村さん)。

ストラスブールの町並み

橋村さんは大学3年生になると、今後はフランスのサンテティエンヌ市へ1年間留学をしました。フランスには、マグレブ(北西アフリカの国々)出身者や黒人、アジア系など、さまざまな出自・人種の人たちがいます。

また、銀行で英語で口座開設の相談をした時、「あなたはフランスにいるんだから、フランス語を喋りなさい」と怒られ、「世界は英語が絶対じゃないんだ」と感じることも。

「フランスって面白い!」と魅了された橋村さん。大学卒業後も、ストラスブールの日本領事館に職を得て、同国に残ります。

「暮らすように旅する」フランス人

アルザス地方の田舎で

フランス暮らしが長くなるにつれ、橋村さんはあることに気付きました。フランス人は、日本人よりも長い休暇を取ります。その際、有名な観光地に皆が押しかけるということはあまりありません。むしろ、人のいないビーチで本を読んだり、知人の畑でブドウ摘みをしたり。思い思いの場所で、その土地の暮らしを楽しむ人が多くいます。

「人気スポットを慌ただしく回るだけが観光じゃない。もっと、心豊かな時間の過ごし方があるんじゃないか」

三豊市にある紫雲出山からの景色

そのうち橋村さんは、故郷・香川に、「絶景」「温暖な気候」「おいしい食」「歴史・文化的体験」といった、フランス人がバカンスに求める要素がそろっていることに気づきます。「香川で“暮らすように旅する観光”をつくってみたい」という思いが、橋村さんの中でふつふつと湧いてきました。

三豊での運命の出会い

「Animal & Cafeヒラタヤ」時代の「平田屋」 (写真提供:平田屋)

フランスでの仕事を2年間で切り上げ、2020年3月、橋村さんは香川に戻ってきます。その後、自分の夢を実現できるフィールドを探す中で、「三豊が面白い」と耳にし、7月、視察に行ってみることに。ここで運命の出会いがありました。「Animal & Cafe ヒラタヤ」を営んでいた喜田里美さんです。

2021年3月に行った内覧会で。喜田さん(右)と橋村さんは着物で来客を出迎えた

「古民家で動物カフェなんて面白そう」と訪ねたところ、エネルギッシュな喜田さんと橋村さんはすっかり意気投合。「今後、一緒に何かやろう」と話します。それから2か月が過ぎた9月。喜田さんから連絡があり、「諸事情で動物の世話を続けるのが難しくなり、動物たちを他の方に譲って別事業を始めたい」と相談を受けました。

「じゃあ、宿をやりませんか!」と、橋村さんは早速その話に飛びつきました。

新たな命を吹き込まれた古民家

リノベーション中の「平田屋」

「平田屋」は、この地で代々米屋を営んできた商家でした。しかし、時代の移り変わりにより、長らく空き家となっていました。そこを動物カフェとして復活させたのが、喜田さんでした。しかし、動物カフェとして使っていたのは、あくまで一部のスペースだけ。宿として再生させる上で、橋村さんと喜田さんは、大掛かりなリノベーションに取り組みました。

神棚に巣食っていたネズミを追い払ったり、ゴミなのか骨董なのか分からないものを仕分けたりと、大変な作業が続きましたが、なんとか3月、オープンにこぎつけることができました。

「平田屋」の庭

飛び石やつくばい、石灯籠などで飾られた庭。時代を感じさせる焼き物や屏風など、かつての栄華をしのばせる文物が今、新たな命を吹き込まれ、美しい相貌を見せています。

「平田屋」のワーケーションスペース

「平田屋」では、新型コロナウイルスの状況を踏まえたワーケーション用の部屋や、地域の魅力を感じるツアーなども用意。さらに宿泊だけではなく、各種イベントも開催できるスペースも設けています。すでに、香川の若手起業家の集まりといったイベントも催されたのだとか。

ないものねだりから「自分たちの手でつくる」へ

今後は裏口側をバーベキュースペースに改築する予定

「自分が自分らしく生きられる環境は、香川にはない」
そう思って海外に出た橋村さん。

「でも、今は、“ないなら自分でつくればいい”と思っています。そして幸せなことに、三豊では、同じ思いを持つ多くの仲間たちに囲まれています」

コロナ禍の中で新たな挑戦に漕ぎ出した橋村さん。今後は地域の名産を海外に届ける貿易事業も考えているなど、夢はますます膨らみます。