「庭に集まる人々は、多国籍で多種多様」

寒さ対策も万全になり、客足は安定した。カラクラの名声は徐々に広がっていった。森さんは「お金をかけての広告は打たず、メディアに自分から売り込まない」スタイルを貫いているが、いつのまにか利益が出るようになり、マルシェに出店すれば行列ができるようにもなった。

地域に溶け込む作戦も、見事に成功した。今では子供の友達、近所の住人、商工会議所の友人、などなど、様々な人が出入りしている。森家に手紙を届けにきた郵便の配達員が、ついでにカレーを食べ、常連になることもある。

最近では国際化の波が、綾川にも訪れているようで、外国人もふらっと訪れる。

「近所にラオスからの技能実習生が住んでいるのですが、日曜日に宴会をやっていて、ビールを買いに来るんですよ。カレーは買わないんですけどね。冷えたビールがないときは、氷をサービスしてあげています。庭に生えているミントを欲しそうにしていたので、あげたこともありますよ」

この寛容さこそ、カラクラの真骨頂だろう。ラオス人の宴会場から聞こえる爆音のタイポップでさえ「うち、スピーカーが小さくて音楽流せないからちょうどええなあ」とゆるく包み込んでしまうのだ。

奥さんが嬉しそうに指さすのは、技能実習生にあげたミント。

「地方都市だからこその、庭文化の可能性」

上り調子の中でも、二足のわらじを履き続け、忙しい日々を過ごしていた。

そんな中、また試練が訪れる。コロナ禍のあおりを受け、平日の仕事が週2回だけの出勤になってしまったのである。普通なら困り果てる状況が、森さんは好機と捉え、水曜日と木曜日もカラクラを営業するようになった。今ライフラインとして、副業を持つことが推奨されているが、森さんは期せずして時代の最先端を走っていたということだ。(おまけにカラクラはもともと3密を避けられる環境だ)

そんな姿を3年以上観察してきた記者は、「庭文化の可能性」について考えるようになった。地方都市の郊外で、庭を活用する人がもっと増えれば良いと思うようになったのである。

例えばオーストラリアの郊外だと、週末に自宅の庭やガレージで、フリーマーケットをしている人をよく見かけるし、それを楽しみに町をドライブする人も多い。自宅を開放し、展示会を開くアーティストもいる。こういった文化は市民に自立性を与え、コロナのような危機により収入が減った場合の自助システムとしても機能している。

また住民同士の交流が生まれることで、コミュニティーのつながりが強化されるという意味では、共助の苗床にもなる。

そして重要なのは、収支はそこまで気にせず、実験的に好きなことに挑戦できるということだ。その結果、個性的な店が増え、文化や生き方の多様性が生まれていくだろう。カラクラが実践する「庭文化」は都会よりも、土地に余裕がある地方で花開く可能性が高い。そう思えば、森家の庭からは最先端の文化の香りが漂ってきているのだ。

これからカラクラは、どんな道を歩んでいくのだろう。

「私は常に他の人よりも、一歩前に進みたいんです。カレーはおかげさまで人気になってきましたが、これで満足してもいいのか?と日々自問自答していました。それで最近、Youtuberになったんです」

森さんの番組は、赤白帽をかぶりちょび髭をつけた森さんが、綾川の住人にインタビューする内容であり、綾川への愛が満載だ。まさかあの番組のスタート理由が、そんな意識の高いものだったとは。大笑いしてしまったのだが、森さんは「いや、本気なんですよ」という。どこまでが冗談かがわからない人だ。

これからどうなっていくかは、本人さえも予想がついていないのだろう。この不確かさこそ、カラクラの魅力。来年には、綾川町長を目指しているかもしれない。そうなっても、記者は全く驚かない。

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