出産後、赤ちゃんの右足に違和感 →その後…医者「20歳まで生きられない」 現在の様子について母に話を聞いた

出産後、赤ちゃんの右足に違和感 →その後…医者「20歳まで生きられない」 現在の様子について母に話を聞いた
幼少期(@rico_enjoyさんより提供)

@rico_enjoyさんの息子さんは、生まれつき障がいがあり、幼い頃に「20歳まで生きられないかもしれません」と医師から告げられました。

それから時が経ち、息子さんは今年で33歳に。これまで寄り添い続けてきた母親の@rico_enjoyさんに、当時の思いやこれまでの歩みについて話を聞きました。

※先天性ミオパチー…筋力低下や筋緊張低下のほか、呼吸障害、関節拘縮などさまざまな症状が見られる遺伝性疾患。

幼少期に始まった治療と生活の変化

@rico_enjoyさんは出産後、退院の日に息子さんの右足の異変を告げられ、そのまま子ども医療センターを受診するように言われました。

生後6ヶ月ごろからは、足の付け根から足首までギブスで固定する生活に。検査の結果、100万人に1人といわれる難病「先天性ミオパチー」に近い状態と説明を受けました。

さらに医師からは「20歳まで生きられないかもしれません」と告げられます。当時は両足をギブスで固定していたこともあり抱っこも大変で、夜泣きも重なり、眠れない日々が続きました。

幼少期(@rico_enjoyさんより提供)

病院へ行くたびに新たな症状や治療が必要になることも多く、自身も疲れを感じていたという@rico_enjoyさん。そのため「まだこの生活が続くのか…」と感じてしまうこともありました。

息子さん①(@rico_enjoyさんより提供)

息子さんの体は柔軟性がなく、全身がこわばった状態だったといいます。さらに12歳のころに背骨を固定する手術を受けてからは座ることが難しくなり、立つか横になるかで過ごす生活になりました。

立ちっぱなしの生活と現在

息子さんについて「中学から高校、大学、就職後の5年間まで、ずっと立ちっぱなしです」と@rico_enjoyさんは語ります。

中学時代には、学校が高いテーブルを用意してくれたため、教室ではそのテーブルに肘をついて過ごしていました。その後も高校・大学で同じテーブルを使用していたそうです。

息子さん②(@rico_enjoyさんより提供)

@rico_enjoyさんは「高校、大学では部活にも打ち込み、就職後も周囲と同じように仕事をこなしてきました。残業を含め長時間立ち続ける日もありましたが、仕事に一生懸命取り組んでいたと思います」と話していました。

22歳のとき、息子さんの「改めて病名と病状を知りたい」という希望を受け、就職前に再検査入院をしました。しかし、筋肉が検査に耐えられず、最終的に「現在の医学ではわからない」と告げられます。

息子さんの病気を治す方法を探し続け、先の見えない不安と向き合ってきた@rico_enjoyさんにとって、この言葉は意外にも安堵につながるものでした。
「医師にもわからないのなら、このまま生きていくしかない」と腑に落ち、ようやく出口が見えたように感じ、心が軽くなります。

息子さん③(@rico_enjoyさんより提供)

現在、息子さんについては、筋肉の衰えによる心臓への影響が懸念されており、呼吸器系の在宅医が月に一度訪問しています。

特別な処置や投薬は行っていませんが、立っている時間が長いことから足にタコができたり、肘をついて休む生活のため肘がひび割れたりすることがあり、その都度、症状に応じた薬を受け取っているとのこと。また、リハビリとして月に一度のマッサージに加え、歯科医が3ヶ月に一度、訪問診療を行っています。

病気と息子さんに対する思い

「20歳まで生きられない」と告げられたとき、@rico_enjoyさんには、息子さんの将来のことを考える余裕はありませんでした。

ただ、毎日のように病院へ通い、少しずつ悪化していく現実を受け入れては落ち込む日々。それでも、誰よりもそばで過ごし、息子さんのすべてを知っているのは自分だけだと感じています。

「そうやって少しずつ親として育てられて来たのだと思います。子育ては障がいあるなし関係なく、美談だけでは語れません」と、これまでの子育ての大変さを振り返っていました。

息子さん④(@rico_enjoyさんより提供)

息子さんは、これまで病気について自ら話すことはほとんどなかったそうです。保育園のころ、友達から「どうして手が曲がっているの?」と聞かれ、恥ずかしそうにしていたこともありました。

そのことについても@rico_enjoyさんに話すことはなく、その後も病気について語ることはなかったといいます。
「あえて避けていたのかもしれません」と、その思いを明かしました。

母親への思いと、これから目指す自立

約5年間通勤し、社会人として働いてきた息子さんにも話を聞きました。

目標をもって挑戦することについては、次のように語ります。
「正直、目標に向かって何かに打ち込んできたタイプではありません。ただ、そのときどきで目の前のことに一生懸命取り組んできました。そうしているうちに、自然と自分の可能性が広がっていったと思います」

そのうえで、こう続けます。
「大きな目標を立てて努力できる人は素晴らしいと思います。ただ、目標がなくても、障がいを言い訳にせず、さまざまなことに挑戦することは大切だと思います」

また、これまでどんなときもそばにいた母親の@rico_enjoyさんについては、少し照れながらこう語りました。
「あらためて言葉にすると恥ずかしいですが…一言でいうと、人生の支えです。母がいなければ、ここまで充実した人生は送れていなかったと思います」

母親の存在(@rico_enjoyさんより提供)

現在、息子さんは入浴や着替えなど、日常生活の一部で家族のサポートを受けています。そうした状況について「家族に頼っている部分もあると感じています」と語り、今後の目標として自立を挙げています。
「将来的には、家族の力を借りずに生活できるよう考えていきたいです」と話していました。

今が一番穏やかで幸せな日々に…

@rico_enjoyさんは「多くの人たちにこんな病気もあることをわかってほしい」と思い、SNSで発信をしています。

発信を続ける中で、同じように障がいのある人や、家族に障がいを抱える人から多くのコメントが寄せられるようになりました。そこで、一人で悩みを抱えている人が多いことに気づいたといいます。

そうした人たちが少しでも肩の力を抜き、コメントでのやりとりを通して気持ちが軽くなるきっかけになれば…という思いで発信を続けています。

今が一番(@rico_enjoyさんより提供)

「今が一番穏やかで幸せな日々を送っています」と語る@rico_enjoyさん。

「体はよくなることはありません。人生はいいことと悪いことが半分ずつであることを昔から聞いています。だとしたら、多くの苦しみを味わった私と息子は、これからまだまだ幸せを感じていいはず。線引きせずに、一人の人間として息子が見てもらえる社会に近づいてほしいです」と話していました。

障がいがあると、無意識のうちに距離を感じてしまうこともあります。しかし、@rico_enjoyさんのこれまでの経験やSNSでの発信からは、一人の人として向き合うことの大切さが伝わってきます。この出来事が、障がいについて改めて考えるきっかけの一つになればと思います。

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