【児童養護施設出身の映像・絵本作家】 過去の経験をもとに生きやすい社会を目指す男性に迫る

【児童養護施設出身の映像・絵本作家】 過去の経験をもとに生きやすい社会を目指す男性に迫る
2024の西坂さん(西坂さんより提供)

映像・絵本作家として活躍する西坂來人さんは、幼少期に児童養護施設で生活した経験を持ちます。その経験をもとに、「児童養護施設で暮らす子どもたちの多くが虐待を受けた過去を持ち、自尊感情を育みにくい環境にあること」や「施設を巣立った後も厳しい社会環境に直面しがちであること」といった問題を社会に訴え続けています。

今回は、西坂さんがこうした課題にどのように向き合っているのか、そして社会が今後どのように変わるべきかについて、お話を伺いました。

幼少期の家庭環境と児童養護施設での生活

相馬愛育園で兄妹と(中央上が西坂さん)(西坂さんより提供)

福島県の田舎町で農家の長男として生まれた西坂さん。しかし、父親は精神的な問題を抱え、家庭内では暴言や暴力が日常的に繰り返されていました。さらに、家の外でも事件を起こし、警察の世話になることが度々あったといいます。

母親は父親の暴力から逃れるため、ある夜、西坂さんと兄妹を連れ、身を隠すように家を出ました。しかし、頼れるのは親戚や母親の実家のみ。父親が居場所を探しているという危機感から、母親は行政に相談し、婦人相談所に保護されることになりました。

その後、西坂さんたちは児童相談所の一時保護所を経て、児童養護施設へ措置されました。施設での生活は両親の親権をめぐる裁判が終わるまで続きましたが、母親は毎月手紙を送り、定期的に面会に訪れてくれました。そのたびに「早く一緒に暮らせるように頑張るね」と励ましてくれたことが心の支えでした。

やがて母親に親権が認められ、父親との接触は禁じられました。そして西坂さんが中学1年生の時、ようやく家庭復帰が実現しました。6畳2間と小さなキッチンのあるアパートでの新生活でしたが、家族とともに暮らせることが何よりも幸せだったと振り返ります。

児童養護施設で直面した現実

児童養護施設での生活は、衝撃的な出来事の連続でした。特に印象に残っているのは、虐待を受けたことで保護された子どもたちが多くいたこと。厚生労働省の2022年の調査によると、児童養護施設に入所する子どもの約7割が何らかの虐待を経験しているとされています。彼らの中には成長が遅れていたり、睡眠障害や夢遊病のような症状を示していたりする子もおり、その多くが壮絶な虐待の被害者でした。

また、施設を出た後に待ち受ける現実も厳しいものでした。厚生労働省の2021年の報告では、施設を退所した後の進学率は向上しているものの、進学しなかった場合の就職先の多くは非正規雇用や低賃金労働が占めています。十分な支援がないまま自立を強いられ、孤立してしまう子どもも少なくありませんでした。中には生活の困難から命を落とす仲間もいたといいます。

そんな中で、西坂さんは「自分は上京し、映画を作る人間になる」という強い決意を持ちました。新聞奨学生制度を利用して映画の学校に通い、卒業後は念願の映画美術スタッフとして働き始めました。

児童養護施設を巣立った若者の課題と支援の必要性

現在の児童養護施設の環境は昔と比べて改善されてきています。進学率も向上し、退所後の支援も広がりつつあります。しかし、虐待を受けた子どもたちが抱える「愛着の問題」や「トラウマへのケア」は依然として不足しており、施設を出た後の若者たちが孤立しがちな現状は変わりません。

そこで重要なのが、アフターケア支援の強化です。例えば、東京都では「自立援助ホーム」や「伴走型支援プログラム」など、施設退所後の若者を支える施策が展開されています。これらの取り組みを全国的に拡充し、個別のニーズに合わせた支援を提供することが求められています。

「もし今孤独だと感じていたら、それが「孤独」なのか「孤立」なのか考えてみてください。
孤独は必要な時もありますが、孤立は避けるべき状況です。人を信頼したり、に頼ることは難しさや怖さがあるかもしれません。それでも心を許せる人、相談できる人を見つけてほしい。その数は多ければ多いほどいい。小さな繋がりが1本よりも、2本3本と多くなると、それが自分を救うネットになります。自分の応援者をたくさん作って、自分を幸せにする方やもっと楽に生きる法を試し続けてください。そして、行政や民間団体にも、頼れるサービスがたくさんあります。誰かと繋がること、信頼関係を作ることを、どうか諦めないで続けてほしいです。」

社会が変わるために必要なこと

2022年の西坂さん(西坂さんより提供)

西坂さんが考える最大の問題は、「虐待や施設の問題が社会全体で認識されていないこと」です。児童虐待のニュースが報じられるたびに「ひどい親がいるものだ」と憤る人は多いものの、その背景にある社会の問題にはあまり関心が向けられません。

虐待をなくすためには、「子育てを社会全体で支える仕組み」を強化することが重要です。親が孤立せず、誰かに相談できる環境を整えること。そして、子どもたち自身が「自分には権利があり、守られるべき存在である」と認識できるよう教育していくことが不可欠だと西坂さんは強調します。

また、社会的養護を経験した若者への支援も必要です。特に、就労支援や住居支援の充実が求められています。企業と連携した職業訓練プログラムの拡充や、退所後の若者が安心して生活できる住居支援制度の整備が急務となっています。

未来へのアクション

THREE FLAGS(西坂さんより提供)

西坂さんは現在、社会的養護の経験者としてYouTube「THREE FLAGS -希望の狼煙-」を通じて情報発信を行い、若者支援活動にも携わっています。また、短編映画の制作や、社会的養護に関連する啓発活動にも積極的に取り組んでいます。

「大人が本気を出せば、社会は変えられる」

東日本大震災の復興支援に関わった経験からそう確信した西坂さん。彼の活動は、児童虐待や施設出身者の課題を社会全体で考え、支援を広げるきっかけとなるでしょう。

今、私たちにできることは、まず「この問題が存在している」ということを知ることです。そして、子どもや親が孤立しない社会を作るために、それぞれができる形で支援に関わっていくことが求められています。

この記事の写真一覧はこちら