2023年の母の日。特別な思いを持って社長就任会見に臨む1人の男性がいました。1947年の創業以来、生麺づくりを追求してきた冨士麵ず工房の新社長・波夛悠也(はたゆうや)さんです。

岡山ラーメンの草分け的存在である「冨士屋」、「天神そば」へ中華麺を卸し、古くより県内のラーメンシーンを支えてきた老舗製麺所。また、近年はラーメン店だけにとどまらず、イタリア料理店など岡山県内外の人気店から支持されている同社の麺。現在はオーダーメイド麺の製造や、生パスタの製造販売など、販路を拡大しています。

長らく愛され続けてきた麺に対する新たな挑戦と覚悟について、波夛社長に話を聞きました。

新発想から生まれた「ハイブリッド麺」とは?

冨士麵ず工房における麺製造の歴史は、岡山の中華そば文化とともにありました。

戦後、食べ物がまだ満足でなかった頃、創業者は温かくて旨いものを提供したいと考えていました。そんな折、中国から帰国した戦友から中華麺の技術を教わり、ラーメンの提供が始まります。その中華麺は評判となり、1947年には生中華麺の製造卸へと業態を変えていきます。

2008年より、これまでの中華麺製造のノウハウをパスタの領域まで広げ、現在15種類のパスタを製造(中華麺も100種類製造)しており、和洋問わず“麺文化”を支えてきたスタンスは多くのシェフや有名店を魅了しています。

長年の中華麺製造の経験で培った技術により生まれたのが今回の“ハイブリッド麺”である「十二麺体(じゅうにめんたい)」と「ハタヤリン」です。その特徴を一言で表すと、中華麺とパスタそれぞれが“他方の良さを取り入れた麺”だということです。

プラスドライバーのような断面の「十二麺体」(提供:冨士麵ず工房)

「十二麺体(じゅうにめんたい)」は、断面がプラスドライバーの形状になるように開発された中華麺。着想のもとになったのは“フレイア”というパスタから。東京の某イタリアンレストランで食べたその時から、四六時中「どうやって再現するか」という考えになっていたそうです。この凸凹がねじれてうねることで、食感の不均質さが表現され、柔らかくソフトな食感とモチモチ感が複雑に感じられるそうです。

この凹凸が特徴で「忘れられない食感」を生みすことに成功した(提供:冨士麵ず工房)

一方の「ハタヤリン」は、北イタリアで愛される“タヤリン”に中華麺の技術を応用したパスタ。付き合いのあるイタリアンシェフの「タヤリン作れない?」の、要望から生まれたそうです。イタリアで人気の細いパスタをベースに、1.66mmの切刃(きりは)で切り出すことで日本人が好む歯切れと食感を再現しました。

中華麺の製法で作った「ハタヤリン」(提供:冨士麵ず工房)

このようにして、3代続く冨士麵ず工房のノウハウが詰まったハイブリッド麺は誕生し、先の社長就任会見の際にも、中華麺とパスタを使った料理が披露されました。

良いものを良いと思える純粋な目

筆者もラーメンやパスタは大好きですが、メニューを選ぶ際に重要視しているのは、やはり味であり、ラーメンにおけるスープ、パスタのソースが何か、という点ですし、それは一般のお客さんにおいても同じ感覚なのではないでしょうか。

それ故に「麺の道」を20年以上追求する波夛社長から出た言葉は納得のいくものでした。

「美味しい麺ではなく、美味しい一杯を目指しています」

和気あいあいと仕事に取り組む冨士麺ず工房のスタッフのみなさん(右から3人目が波夛社長/提供:冨士麵ず工房)

その発想の答えは、就任会見で腕を振るった料理人たちの言葉からも明らかでした。

「麺自体は多加水でクリアな味。これなら淡いスープが合うだろうと(看板メニューのひとつである鶏中華そばの)クラムと合わせました」(麺酒 一照庵/大野氏)

「麺は手作りが良くて工業製品がダメということではなく、波夛さんの麺は自分が妥協できないクオリティが常に担保できているので安心して使えます」(No Code/米澤氏)

「イタリアンで麺を外注するのは邪道と思っていました。波夛さんの麺を食べた時に工業製品のようにパチっと味が決まってないところに魅力を感じて、それ以降、波夛さんの麺を使わせてもらっています」(ラ・ブリアンツァ/奥野氏)

あくまでも麺は引き立て役に徹する、というのが波夛社長の目指すべきところなのだと思います。事実、波夛社長は飲食店にヒアリングを実施して、スープやソースに合う麺を試行錯誤しながら提案しているそうです。

米澤氏も「納品していただける手間とクオリティで選んでいます」と語る(提供:冨士麵ず工房)

波夛社長も「最近になって思うのは、シェフの方たちがとても忙しい仕込みをされていることに気づいて、(飲食店の)現場では乾麺と手打ちパスタのふたつの選択肢しかない、という話を聞くと『仕入れる』ことで僕たちがお役に立てるんじゃないか」とも語ります。

それに呼応するように米澤氏も「(麺を提供してもらうことは)すごくありがたいこと。シェフたちの時間が出来ることで、もしかすると試作だったりクリエイションの時間になったり、スタッフとの時間が少し取れたり、ということがあり得る」と、その役割の大きさに感謝しています。

波夛社長は、数年前に知り合い取引のある滋賀県の精肉店「サカエヤ」の考えも大切にされていて、その店のオーナーが「お客さんを想像して肉を手当てする。そのお店のシェフの特性を知って提案する」ということに共感を覚えたそうです。

引き立て役ですが、一切の妥協はない。そこにあるのは、一緒に良いものを作っていくんだ、という意志でした。そして、良いものを良いと思える純粋な目を持つ覚悟がそこにありました。

一杯の丼の中で変化を出したい

波夛社長の目指すところは飲食店だけにとどまりません。

「食べ物や食事、食卓という大きいジャンルで物事を考えています。麺も”ヌードル”として見ることでジャンルを超えた発想につながります。『この麺は何用ですか』と聞かれることがよくあるのですが、ジャンルをカテゴライズしたくない」

長年の経験と熟練した職人の感覚により安定した高品質の生麺づくりを行っています(提供:冨士麵ず工房)

「ただ、お腹を満たすだけの食事にしたくないという思いもあります。会話が弾んだり、記憶に紐づいてきたり。色々な形容詞がついてくるような楽しい食卓を届けたい、と考えています」

「そういった意味で製麺において大事にしていることは、口の中に入った時の感触でしょうか。例えばワンタンメンを食べた時にワンタンのアンが美味しいということも大事ですが、食感のアクセント(違和感)が大事なのだと思います。一杯の丼の中で変化を出したい。飽きてしまって惰性で食べる、というのは避けたい。麺の長さ、グラムを工夫することで、そうしたアクセントを生み出すことも出来ます」

その日の気温や湿度によって配合を調整しています(提供:冨士麵ず工房)

今回の取材で得たことは「見方を変えて物事を捉えるという視点」です。「ハイブリッド麺」の着想となったのは、パスタの視点で中華麺を考える、その逆も然り、という発想でした。手打ち麺の良さ、機械ならではの良さ。物事を俯瞰的、客観的に見ることで今までとは違った発想が生まれる。その大事さを知りました。

麺の概念に囚われず、小麦の旨さを最大限引き出し、柔軟な発想で麺料理の演出を考えています(提供:冨士麵ず工房)

冨士麵ず工房の商品はオンラインショップで一般の人でも購入可能なので、ご家庭でも味わえます。気になる方はぜひ試してみてはいかがでしょうか。きっと波夛社長の思いが伝わってくるはずです。

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