2022年3月、和歌山県紀の川市西大井(旧打田町)で最も古い歴史を持つ喫茶店「雅園(がえん)」は、惜しまれつつ閉店した。51年の歴史に幕を閉じたと思われたが、新たな運営者が名乗り出て再び幕が上がった。
「地域コミュニティとしての機能はそのままに、新規客を増やしたい」と語るのは新オーナーの東直樹さんと娘の東詩歩さん。雅園の二軒隣でパン屋を営んでいる。

近所付き合いのあるパン屋が地域コミュニティを受け継ぐと決意

喫茶雅園の外観。JR打田駅から徒歩3分のため、電車の待ち時間に利用する人も多い(撮影:詩歩さん)

旧打田町で生まれ育った新オーナーの東直樹さんは、前オーナーと近所付き合いを重ねてきた。「僕がやるべきだ」と使命感に駆られ、閉店を知った翌日に受け継ぐと決めた。

「雅園に集っていた人が『居場所がなくなった』と寂しそうに言うんです。町のにぎわいを取り戻したいのもありますし、地域コミュニティでもある喫茶店を継ぐのが社会貢献になると思いました」

店内奥に旧打田町の古い写真を飾っている(撮影:詩歩さん)

パン屋を自分で創業した直樹さんは、半世紀を超える歴史を持つ喫茶店の創業者に自分を重ねた。

「改装や名前を変えるのには、抵抗があるんじゃないかと思いました。『店舗はできる限り現状のまま使う。店名は変えない』。この2つを条件に、前オーナーに申し出ました」

母親とともに雅園を切り盛りしてきた前オーナーの山本美和さんは、「直樹さんは幼なじみのような関係。安心して任せられる」と快諾した。

再現できない技術が詰まった店内(撮影:詩歩さん)

2022年8月1日、体制を変えて、雅園はリニューアルオープンした。山本さんも午前中のみ手伝いに来ている。「店を閉めたらどこかにパートに出ようと思っていたから、再び雅園で働けるようになって嬉しいです」と山本さんはほほ笑んだ。

常連客と若い客との世代間交流が生まれる

直樹さんの娘の東詩歩さんは、和歌山大学観光学部でまちづくりを学びながら、雅園の企画・広報を担当している。直樹さんから雅園を受け継ぐと聞いたとき、背中を押したのも詩歩さんだ。

「実家が“町のパン屋”だから、地域のいろんな人に育ててもらった恩があるんです。雅園は祖父の世代から、家族全員が通っていた喫茶店でした。地域の憩いの場だった喫茶店を守れないのなら私が“まちづくり”を学ぶ意味ってなんだろうと思ったので、協力したいと手を挙げました」

直樹さんのパン屋で作っている食パンを使ったトーストと水出しアイスコーヒー(撮影:詩歩さん)

もともと飲食店が好きだった詩歩さんは、歴史のある喫茶店が潰れていくのを歯がゆく思っていた。そんなときに雅園の閉店を知る。そのまま引き継ぐだけなら、また潰れてしまうかもしれない。

常連客にも新規客にも喜ばれる新しいビジネスモデルを作りたかった。喫茶店の物足りない部分をなんとかしたかったのだと振り返る。

「地域コミュニティとしての機能だけでは、店は長く続けられません。リニューアルオープン前から、インスタグラムを使って新規客に来てもらえるような発信をしていました」

詩歩さんのアイデアで、新体制での再開を機に、メニューも一新した。

「原価が倍になってもいいから」と詩歩さんがこだわったコーヒー。和歌山県岩出市のカミンコーヒーロースターズの豆を使っている(撮影:詩歩さん)

「昔ながらの喫茶店って雰囲気はいいんですが、何度でも食べたくなる美味しいメニューが少ない点が気になっていました。今までの常連客は場を楽しみたいだけなので、メニューの味を指摘する人はいませんでした。私は毎日食べるもので自分の文化度が上がっていくと思っているから、素材と味にはこだわりたかったんです。わざわざ遠方から雅園に来てくれる人から、『写真映えはするけど味は微妙やな』って思われたくなかったので父にプレゼンしました」

クリームソーダは詩歩さんが子どもの頃から飲んでいた思い出のメニュー。パン屋のスタッフとシロップを調整しながら、改良した(撮影:詩歩さん)

詩歩さんはリニューアルオープン前に、常連客とインスタグラムを見て来た客が被らないように時間帯を分けようと考えていた。会話目当てに来る常連客とメニュー目当てに来る若い客がうまく交流できるか心配だったが、杞憂に終わった。

「『おっちゃんたちが気軽に話してくれてめっちゃ面白かった』と言ってくれるお客さんが多かったのが意外でした。新規のお客さんはインスタのために写真を撮って終わりかなと思ったら、遠方から何度も来てくれるんです。想定外の嬉しい出来事ばかりですね」

受け継いだ雅園を、世代を超えたコミュニティとして守っていくと語る詩歩さん。地域の拠り所として、旧打田町の新名所として、雅園の歴史はこれからも続いていく。

この記事の写真一覧はこちら