自分好みの珈琲を探してみよう。珈琲の多様性と面白さを探究する活動が、香川県三豊市で始まった。地域全体をキャンパスと捉え、市民が先生になったり、生徒になったりする市民大学「瀬戸内 暮らしの大学」のひとコマ。先生役の焙煎士、青木陽平さんは「珈琲の変態」を自称するほどの珈琲好き。香川に珈琲カルチャーを根付かせたいと目論む。

飲み比べると「違いがわかる」

青木さんのクラスを開講した「暮らしの大学」は、地元企業を中心に18社・個人が出資して2022年6月にスタート。カルチャー系からビジネス系まで様々な講座を提供する。「一度入ったら卒業しない大学」がキャッチフレーズだ。

2022年8月20日に初開催された珈琲探究クラスは、海の見えるオープンカフェが会場。テーブルには4種類の豆が準備され、「あなたにとって珈琲とは何ですか」と書かれたボードが生徒を出迎えた。カフェがある積(つむ)は、浦島太郎が玉手箱を積み上げた場所とも伝わる。ロマンあふれるロケーションで、社会人9人と青木さんの珈琲探究が始まった。

会場になったカフェに「教材」として4種類の豆を準備

「今日は知識を持ち帰るというよりも、もっと自由に、珈琲を楽しんでほしいと思います。どんどん質問や雑談をして、みんなで深めていきましょう」

導入は、飲み比べ。焙煎の異なるエチオピア産ゲイシャを3種類、順番に試飲した。ゲイシャは高級種の代名詞でもある。ひとくち飲んで「全然違う」と表情を崩す参加者たち。ある男性は「緑茶とミルクティーくらいの違いがありました」と表現した。

珈琲豆の解説をする青木さん(左)とメモする参加者

なぜ、それほど味が違うのだろう。青木さんが「珈琲は、もともと生豆に備わっているキャラクターが濃い」と説明するように、極浅煎りから深煎りまで、酸味、香り、苦味、渋味などの引き出し方が無数にあるという。苦手だと感じる珈琲もあれば、好きになる珈琲も見つかるのだ。

青木さんは、2021年6月にオープンした三豊市の珈琲店「ハレとケ珈琲 森のスタンド」マスター。自家焙煎した豆を丁寧にドリップして提供している。徳島県三好市にある本店で約8年の焙煎経験を積み、フリーの焙煎士になった。前職は大手レコード店の洋楽バイヤーだったといい、一つのことを深く探究する楽しみを知っている。

「珈琲って、ふわっとした瞬間が訪れて、ベストになるタイミングがあるんです。豆の個性のうち、どの引き出しを引っ張り出してあげるかが焙煎士の仕事です」

焙煎とは化学反応を起こすこと

「焙煎とは、化学反応を起こすこと」という青木さんの説明パネル

青木さんの解説が続いた。「焙煎が浅ければ軽やかで酸味が出ますが、ボディを殺します。深煎りに寄ると、酸味と甘みが逆転するんです。深煎りは苦いイメージがありますが、フルーティさも出ます。珈琲は多様です。例えば、エチオピアという一言だけで『こんな味』と一概には言えません」

そして珈琲ドリップの実演に入った。「お湯の温度は、永遠のテーマです」。えっ、適温ってテキストに書いてあるんじゃないの。そんな思いを見透かしたかのように「自分でテストして、好みに応じて探究しましょう。何度が自分にとって最適か、発見するのが面白いんです」と青木さんは話す。

目安として、極浅煎りの95度を上限に、浅煎りは90度以上、深煎りになるほど下がって75度が最低ラインだと教えてくれた。

「豆が膨らんだら美味しくなる」は必ずしも正解ではなかった

そして、フィルターに入れた豆に湯を注ぐ。「よくある誤解ですが、豆が膨らめば膨らむほど美味しくなるというのは、都市伝説です。その知識を信じていたら、捨ててください」。もちろん、「えっ」と思った。

最後に、淹れたての珈琲を味見する。「狙った通りの味です」と満足そうな表情。そう、青木さんは表現したい味を想定して珈琲を淹れたのだ。専門家にとっては、当たり前かもしれないが、新たな発見だった。

「全然違う」とコメントする参加者たち。講座では5種類を飲み比べた

「今飲んでいるこの味は、焙煎士が『こういう味にしたい』と思って焙煎すると出ますが、何も考えないでやっても出ません。ドリップも同じで、『美味しい珈琲の淹れ方』のような動画があふれていますが、その通りにやっても必ずしもうまくいかないんです」

一杯の珈琲は「一期一会」

普段の店でも、青木さんはよく会話する。一杯の珈琲をドリップする時間は約13分だが、その間も基礎知識を伝授したり、質問に答えたり。コミュニケーションの時間として大切にする。

20歳の頃、欧州を旅して気軽に会話を楽しめる珈琲スタンドに出合った。「日本ってそういう場所ないな」。この体験も手伝って、現在のスタンド形式の店ができた。

「ハレとケ珈琲 森のスタンド」のブレンドは、月ごとに季節感が表現される

「珈琲にハマりたい人も、先に進む方法がわからないから、入り口で止まってしまう。もったいないですよね。僕と話すことで、珈琲を深く理解して楽しめる人が増えたらいいですね」。香川で珈琲コミュニティを育てることが目標だと笑顔を見せた。

青木さんは、「インスタントなもの」に疑問を感じていることもあり、ワークショップも単発開催には魅力を感じない。「暮らしの大学」の珈琲探究クラスでは、参加者のアイデアや希望を取り入れたりして、コミュニティとして立体的にデザインしていく計画だ。秋以降に2回目の講義を予定している。

先生のトークから離れ、景色を楽しみながら一呼吸おく場面も

自由な学び場に「こんなこと聞いたらダメかな」という自己規制はいらない。普段は聞きにくい価格設定の質問も出たが、青木さんは丁寧に解説していた。

「珈琲のことを知ったら、選ぶのが楽しくなりますよ」「一杯の珈琲とは、一期一会の出合いです。どれも同じ珈琲はない」。青木さんの言葉を聞いて、珈琲は人間のように深い存在なのだと感じた。

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