「一緒に今を楽しむ。楽しんでもらえない時、心の中では少しショックだけど、まぁいいかな。妻が笑うと嬉しいね」そう話すのは、認知症の妻と人生を歩む竹上康成さんです。康成さんに、妻・恵美子さんとの関わり方について聞きました。

認知症と診断されて

竹上康成さん(左)と恵美子さん(右)(撮影:hi hoo farm)

長年、中学校教師として教壇に立ってきた康成さんと恵美子さん。恵美子さんは、優しい性格で生徒や保護者からの信頼も厚く、また、何でもてきぱきと自分でこなす人でした。

約9年前、「お母さんの様子がおかしい」という娘の一言がきっかけで、2人は病院を訪れました。医師から伝えられたのは「軽度認知障害のアルツハイマー型」。恵美子さんは退職後、康成さんは退職前のことでした。

「今までの妻は、人に頼るような人じゃなかったんよ。でも、今振り返ってみると、診断を受けに行く前の彼女は、判断をぼくに仰いだり、気弱になったりすることがあった。普段はしないクロスワードパズルをしたり、運転に自信がないみたいなことも言ってきたりして。そのころから言葉が出ないとか、いろんな不安をもっていたのかもしれんね」

もともと散歩が好きだった2人が、病院での診断後に取り組んだのは、身体と頭を同時に動かす取り組み。散歩をしながらしりとりをしたり、簡単な計算をしたりと、進行を少しでも遅らせるために、2人でいろいろなことに取り組んできました。

2019年頃から認知症の進行が進んでいく。写真は沖縄にて。(竹上さん提供)

進行がとくに進んでいったのは2、3年前から。いつもは穏やかな表情を見せる恵美子さんも、時に目尻があがり、暴言を吐くこともあったそうです。

「対応が分からず、ぼくもイライラすることもあった。妻が感情的になって自分自身を制御できていない時は、そっとして見守るようにしたかな」

認知症と言っても、人それぞれ症状は異なるため、対応は人さまざまですが、康成さんは自分の考えややり方を押し付けるのではなく、相手に合わせるということを大切にしています。

相手の世界に飛び込んでいく

「話がかみ合わなくてもすぐ忘れるから、矛盾があっても、その時一緒に楽しめたらいいかな。ぼくが妻に合わせる。相手の世界に飛び込んでいくと、相手もにこにこするしね」

康成さんが、恵美子さんの世界に飛び込むという方法で関わるようになったのは、老いや認知症をテーマに活動をしている劇団・OiBokkeShiが主催するワークショップに参加したことがきっかけでした。

「OiBokkeShiの菅原さんにワークショップに誘われました。『妻は認知症だから、僕一人での参加は無理よ』って言ったら、菅原さんは『奥さんと一緒でいいよ』って。妻と一緒で、どうなるか分らんかったけど、とりあえず一緒に行ってみようと思って参加しました」

2021年から欠かさず参加してきたOiBokkeShiのワークショップ

隣の人に順に拍手をまわす「拍手回し」というワークショップでは、拍手がしづらかった恵美子さんに合わせ、他の参加者が動作を変えていくことになりました。周囲に自分の行動を受け入れられたと感じた恵美子さんは、ワークショップ中はずっと笑顔だったそうです。

「菅原さんは、何に対しても、どの人に対しても、相手に合わせて『それいいね』って受け入れてくれる。その姿勢に僕は感動した」

ワークショップへの参加を機に「今を大切に、相手に合わせる、相手の世界に自分が入っていく」という方法で関わるようになった康成さん

「菅原さんの言葉で言うと、”相手の中に入っていく”。役になりきり、その人に合わせると摩擦が起こらない。こちらの土俵じゃなくて、相手の土俵にいってね。合わせることで妻も笑顔になるし、妻も僕に分かってもらえたと安心するのか、僕のことを受け入れてくれて、いろいろやりやすいしね」

周囲に自分をさらけ出す

今は恵美子さんといっしょにいろいろなことを楽しんでいる康成さんも、最初は認知症であることを人に言ったり、一緒に出歩いたりすることに抵抗があったそうです。

「誰でも彼でも何でも言うわけじゃないけど、この町で暮らしていくには、妻の認知症を隠し切れないと思った。みなさんに理解してもらうためには、我が家の実態をさらけ出すことも必要なんだろうと。相手がどう受け止めるかは分からないけどね」

2022年7月にはOiBokkeShi特別演劇公演「エキストラの宴」に夫婦で出演(撮影:hi hoo farm)

康成さんは、恵美子さんと一緒に生きていくために、周囲に「お願いします」「助けてください」という機会を逃さず伝えるようにしてきました。また最近は、自分も認知症の妻がいるということを必要な人に伝えることで、その人たちの何かの糸口になればと思っているそうです。

「メディアに顔や名前を出すのは抵抗があるし、周囲に100%共感してもらうのは難しいけど、周囲の人に伝えることで少しでも理解してもらえるかなと。自分のやり方がすべてではないけど、妻が認知症になったからと閉じこもるんじゃなくて、妻と一緒に今を楽しんでいけたらな」と、勇気を出し、チャンスをとらえながら、声をあげることの大切さを伝えてくれました。

演劇公演の舞台で認知症を患う夫婦役を演じた2人(撮影:hi hoo farm)

「妻から学んだことはすごく多いよ。過去にこだわっていたら毎日生活ができんし、反省ばっかりだったら前に進まん。だから、とりあえず今いいと思うことをやってみる。よかったら続けるし、ダメだったらやめる」

「認知症のことばかり考えると、つらくなるから、楽しいことを考えるようにしている。自分自身、こだわりがあまりなくなってきて、いい意味で楽観的になってきた。妻のおかげで『いまを楽しみ』『いまを大切に』できるようになったよ」

不安や葛藤がある中でも、恵美子さんの手を取って向かい合い、相手の世界に飛び込んで、心のままに前向きに生きる康成さんの表情は、とても生き生きと輝いているように見えました。

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