2022年3月3日は、ブータンのお正月・Losar(ロサール)。毎年決まった日に行われるのではなく、年によって日にちが異なるのが特徴です。長年ブータンで生活をしてきた表雅子さんに、ロサールの過ごし方や、現地で感じた人生のあり方について聞きました。

ありたい日を過ごすロサール

「お正月に自分がありたい日を過ごせば、それが一年続くと考えられているので、彼らの思考が現れる日です」

ブータンで生活し始めて18年目を迎える表雅子さん。現在は、岡山県に一時帰国中ですが、ブータン・ティンプーでは、夫の家族や義姉兄家族など3世帯15人ほどと一緒に生活をしています。

三世帯一緒に生活をしている(提供:表雅子さん)

「我が家のロサールに関していえば、“食べ物に困らずに、みんなで仲良く幸せに過ごしたい”というのを一日中体現している感じです。それだけを願って、正月だからと特別なことはせず、普段よりも少し贅沢なお肉料理や伝統的なブータン料理、おかゆを食べ、みんなでゆったり過ごしています」

お正月で食べる食事。真ん中の赤い実は唐辛子。ブータン料理には唐辛子がふんだんに使われるのだそう。(提供:表雅子さん)

ブータンの新年はロサールと呼ばれ、チベット暦カレンダーの中でも最も重要な行事のひとつ。“lo”は“new”、“sar”は“year”を意味しています。中国の旧正月と近い日程ですが、西暦で考えると年によって少しタイミングが異なり、2022年は3月3日です。

ビスケットのような揚げ菓子カプセ。仏教的なさまざまな美しい模様が施されているのが特徴。お正月、法要時には、各家庭で手作りされたものがお供えされる(提供:表雅子さん)

「ロサールは、家族や親戚みんなで集まって過ごします。彼らの抱負は、家族みんな元気であって、食べ物に困らず、寝るところと着るものがあればいいという感じ。仕事で成功したい、成長を求めているというよりも、家族が一番大事で、家族で過ごすことを大切に、平和を求めている印象です」

ロサールでは家族や親族で集まってのんびり過ごす(提供:表雅子さん)

精神的な豊かさを目指すブータン王国

中国とインドに隣接する南アジアの国、ブータン王国。九州とほぼ同じくらいの面積に、約75万人の人が生活しています。ブータン政府は「金銭的・物質的な豊かさではなく、精神的な豊かさを重んじる」といった「国民総幸福量(Gross National Happiness, GNH)」を、国民全体の幸福度を示す尺度として基本理念に掲げていることで有名です。

建物や窓枠も仏教の装飾や形を義務付けていられており、街並みからもチベット仏教を感じられる(提供:表雅子さん)

医療費や教育費は無償で、学校の授業は公用語のゾンカ語を学ぶ国語以外は、すべて英語で行われています。伝統的な暮らしや考え方を大切にするブータンは、長年、他の国とほとんど交流しない鎖国政策を取ってきました。

「よく、世界一幸せな国ブータンと言われますが、幸せの基準はいろいろだから、幸せに満ち溢れている、達成している状態ということではないのかな。いろんな情報が入ってきて、現状に満足できず、刺激を求めて外に出て行ったりする人もいるけれど、国は、国の経済発展よりも、国民それぞれや家族みんなが幸せであることを常に考えながら取り組みをしているなと感じます」

市場での買い物(提供:表雅子さん)

ブータンで学んだ「あなたはあなたであるだけでいい」

雅子さんが初めてブータンを訪れたのは2000年。当時は、東京でシステムエンジニアとして忙しく働いていました。旅行で何度も訪れていたモンゴルのチベット仏教に興味をもったのがきっかけで、同じチベット仏教の国、ブータンを訪れました。

自宅にあるチベット仏教の仏間。日常生活の中で毎日お祈りをしている(提供:表雅子さん)

現地の方の温かい人柄や生き方、家族の在り方に惹かれ、初めてのブータン訪問から3年後、現地で旅行ガイドをする男性と知り合い、結婚。ブータンに移住して、2人の子どもを授かりました。

4回目のブータン旅行のホームステイ先で夫と知り合った(提供:表雅子さん)

「ブータンで生活を始めてすぐは、言葉も分からないし、生活習慣も違うし、できないことがたくさんあって、いつも家族や周りのみんなに助けてもらってばかりでした」

当時は、トイレットペーパーも、ティッシュペーパーも、お湯が出る蛇口も、自分ひとりになれる場所もなく、義母と義姉家族との生活をしていました。

義母と甥と毎日を一緒に過ごした。「日中、主人は仕事で家にいないので、共通言語すらない三人での生活でした(笑)」と雅子さん(提供:表雅子さん)

「わたしは家にいるだけという感じ。家族の役に立ちたいけど何をしたらいいのか分からず、できないことが多くて……。でも、相手がどう思っているか分からないけど、家族と一緒にいるのは全然苦痛じゃなかった。がんばって何かをしなければならないという雰囲気じゃないんです。受け入れてくれた家族がすごく温かかったのもあるし、”いるだけでいい””あなたはあなたであるだけでいい”というブータン社会の在り方がもともとあるんだと思います。自分のできるところで生きて、できる時に、できることをすればいいという感じ。一人でなんでもできる必要はなくて、みんなが甘え上手で、頼りすぎじゃないっていうくらい頼る人もいます(笑)」

ブータンに嫁いだ当初一緒に暮らしていた家族。真ん中はブータンに遊びに来た雅子さんのお父さん(提供:表雅子さん)

ブータンは、人間関係を中心に生きている国だと話す雅子さん。家族と暮らす家では、家族以外の人が常に一緒に生活している状態だったそう。

「前住んでいた家では、固定の家族以外の人がいない日がなくて、一年間誰かが居候している感じでしたね。居候も何をするわけでもなく、いるだけ(笑) お金もある人が払うという感じ。すごく人と人との垣根が低くて、懐がすごく広いから、わたしも今の自分を受け入れて、すんなりと家族の輪の中に入っていけたのかも」

結婚当初に住んでいた家(提供:表雅子さん)

自分の気持ちに素直に生きる

「ブータンで感じた、ありのままの自分を受け入れ、”いるだけでいい””あるだけでいい”という感覚は得ることができてます。日本でも素直に実践出来たらいいけど、なかなか実践したり、人に自信をもって伝えきれたりしていなくて……。自分だけじゃないから、子どもや家族のことを考えて少し縮こまっている自分もいます。でも、未来を思って今を不安に生きていくのは悲しいなとも思っているので、後悔をしないように、自分の今の気持ちを大切に生きていきたいですね」

家族や親族みんなで出かけることが多い(提供:表雅子さん)

好きな人に囲まれて生活ができていること、支え合える大切な家族がいること、今の積み重ねの先にある未来のために今を大切に生きること。ありのままの自分を受け入れて、自分の人生にとっての幸せな道を選びながら、「いるだけでいい」「あなたはあなたでいてくれるだけでいい」を受け入れてくれるブータンやブータンの人たちの話をする雅子さんの目は、キラキラと輝いていました。

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