岡山県奈義町は、約5700人(2021年4月時点)が居住する小さな町だが、合計特殊出生率はなんと日本トップクラス。2019年には合計特殊出生率2.95を達成した。子育て応援宣言を掲げ、町独自の様々な子育てに対する支援策も打ち出している奈義町は、子育てしやすい一方で、抱える課題もあった。

それは町内に療育施設がなかったこと。不登校やハンディを持った何かしらの支援を必要とする子ども達が増加傾向にある中、専門的な支援を行えるような施設が無く、町外へと出向いていかなければならない現状だった。

そんな中、すべての子ども達に豊かな育みを与える機会を提供したい、また地元の子を地域で育てたいという思いから、奈義町に初めて放課後等デイサービス・児童発達支援施設「湧気自然塾(ゆうきしぜんじゅく)」を立ち上げた1人が、代表の甲田勝資さんだ。今回は甲田さんに、施設立ち上げに至った療育への思いと、これからの夢について聞いた。

湧気自然塾立ち上げの一人である甲田勝資先生

「人との縁」が繋いだ奈義での施設設立

美作市出身の甲田さん。2014年に奈義小学校の校長として4年間勤務していたことがきっかけで運命が変わった。教育現場では支援を必要とする子どもたちが年々増えており、研修に行くこともしばしばあった。退職を迎えた年に地域と一体となった学校の在り方について研究をしていた時、奈義町の地域に根差した生涯学習教育活動の取り組みに興味を惹かれ、退職後に町の教育長を務めた。

我が家に帰ってきたようなアットホームな空間の広がる「湧気自然塾」の玄関

しかし地域と教育機関の連携に問題を感じ、教育長を退任後は『この小さな町だからこそできる0歳から18歳まで一貫した子の成長を保証する教育の場を作れないだろうか』という思いが込み上げた。

気づけば校長をしていた時の同僚を始め、様々な人々がサポートしてくれていた。「人との繋がりですね」と甲田さんは話す。2020年4月に老人施設として利用されていた空き家を改装し『湧気自然塾』が開所された。

1人1人が思いを込めて手や刷毛等様々な道具を使い一つの作品として作り上げられた看板

設立を奈義町に決めた理由については、ニーズがあったことはもちろん、当時の立ち上げたメンバーが皆、奈義町に縁があり、ここがいいと話していたこと。そして施設からは奈義町のシンボルである那岐山を望むことができたこと。

「この自然に惹かれ雄大な那岐山を目にすると、とても落ち着くんですよね」と施設立ち上げにも関わり、甲田さんと奈義小学校で同僚だった縁から、現在スタッフの1人として働く福田清美さんも語ってくれた。

湧気自然塾の玄関前にて。福田清美さん(下段左)、甲田勝資さん(下段中央)。スタッフは他にも数名在籍している。

学校以外で学び、自分らしく輝ける居場所

我が家のようなアットホームな雰囲気の建物は、子ども達の療育が十分にできるよう運動のできるスペースも兼ね備え、考え抜かれた造りとなっている。施設の職員は甲田さんを始め幼稚園や小学校の元教員や児童支援員など12名で構成。子ども達へどのような支援で療育を進めたらよいか日々勉強を重ね、研修にも積極的に参加している。

運動できるスペースも兼ね備えた子ども達の学びの空間

そうして立ち上げられた湧気自然塾には、少人数での活動を好む子どもや、発達がゆっくりな子ども、学校へ行きにくさを感じている子どもなどが通い、そこでは趣向を凝らした活動が取り入れられている。

1日の日課表

活動内容の1つである読み聞かせは、朗読と音楽を融合したユニットを組んで活動している地域の人へお願いし、臨場感あふれる空間に子ども達は物語の世界へ引き込まれていくそう。

朗読とそれに合わせたオリジナルの演奏に引き込まれていく音読の様子

そして、動的トレーニングでは普通の散歩ではなく、自律神経を調整し体のバランスを整える歩き方を目指したトレーニングをする。緩い坂になる道路を頑張って歩く子ども達にはちょっとした楽しみがある。散歩の道中に珍しい種類のヤギやウサギを飼育している場所があり、子ども達に人気のお楽しみコースとなっているのだ。

親や先生と手をつなぎ一定のリズムで歩く歩行トレーニング

また、教科学習や宿題をする時間や行事参加などの活動、ものづくり、おやつ作り、地域の方々に学ぶ時間、レクリエーションなどの活動が行われている。

パーマカルチャーの取り組みをしているブドウ園での行事活動の様子

夢は就労まで繋げる道を作り上げること

取材に訪れた日に利用者の保護者から「利用日でない日に送迎の車を見かけると行きたい!というほど施設が好き」という話を聞いた。取材から数日後に甲田さんが療育へ向かう子ども達の送迎をしている所に遭遇したのだが、子ども達がこれから遊園地にでも行くかのような表情で「ただいま~」と駆け寄ってくる姿があった。

子ども達が皆で協力した手作りの案内板

甲田さんは「学校へ行くことが出来ずにいたが、この施設で様々なことを学び、再び学校へ行けるようになった子どももいるんですよ」と語ってくれた。この地域に根差した魅力ある療育内容が、支援を必要とする子ども達に豊かな育みとして享受され、現在町では内外から20名近くが通う人気の施設となっている。

入口近くには職員が手入れした綺麗な花が咲いている

また湧気自然塾では、3年ほど前から活動費を捻出するため農作物作りを行い、2021年から積極的に販売にも取り組んでいる。

「本当はもっと沢山の販売を行いたいところなのだが、人手が足りないのもあって難しくて。療育から就労までの支援ができる施設を目指せたらとみんなで語り合っているんですよ。夢ですけどね」

収穫された無農薬の農作物を近くの直売所等で販売

奈義町には障がい者の就労支援施設がまだ整っておらず、障がいのある人もない人も共に働ける環境をコーディネートするような施設づくりなど、先に繋がる取り組みが展開できればと思い試行錯誤していると、今後に対する熱い思いも、甲田さんは語ってくれた。

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