大阪市福島区に6月、新たにクラフトビールの量り売り専門店がお目見えしました。「Brew Go?(ブリュー・ゴー?)」と名づけられたその店のコンセプトは、ずばり「クラフトビールに市民権を」。欧米ではすでに広く親しまれている量り売りを通してクラフトビールの門戸を広げ、日常に寄り添う飲み物に変えるのが狙いです。

国内でも醸造所やパブでの量り売りは目立ちつつあるものの、小売専門となるとまだまだ珍しい存在。そんな店が形づくられるまでの過程は、店主・保田パトリックさんの旅の足跡そのものでした。

“自転車+バー”で、クラフトビールの現状を知る

猫があしらわれた店のロゴは、妻・祐加さんの友人がデザイン。店名には「ビールを外に持ち出そう」という意味が込められている

フィリピン、アメリカ、ドイツ、スペイン、そして日本――5つの国にルーツを持つパトリックさんは、これまでバックパッカーとして4大陸40か国を旅してきた経歴の持ち主。クラフトビールとの出会いも、英語力を高めようと20歳のときに訪れたオーストラリアでの出来事です。

その後、海外渡航と転職を繰り返す日々を送るうちに「このままでは単なる歯車で終わってしまう」と、自らの将来に懸念を抱き始めたパトリックさん。なんらかの形で起業がしたいと考えるようになり、時間にも予算にも制約があるなかで思いついたのが、固定店舗を持たない移動式のバーというアイデアでした。

会社勤めのかたわら、自転車にお手製の屋台を連結させた「ちゃりばー」の店主として、大阪市内をまわるようになったのは、2018年夏のこと。クラフトビールをメニューの中心に据えたことが、進むべき方向を決定づけることになります。

現在は店内でのテイスティングが人気とのこと

「僕自身がクラフトビールにのめり込んで、全国の醸造所を訪ね歩きました。お気に入りのパブでも手当たり次第飲んで、味やスタイルの違いを知って」

人生を模索する行動が生んだ、クラフトビールとの「再会」。醸造家の思いに触れ、商売の現場に立つことに純粋な楽しさを感じる一方で、次第にある課題意識を持つようになったといいます。

「友達にクラフトビールの話をしても『ちょっと分からない』みたいな反応で。やっぱり知らない人が多い現実がまずあると」

タップビールだけでなく、ボトルビールも用意。ビールを飲み慣れている人も、そうでない人も楽しめるラインナップを心がける

「グビグビ飲むんじゃなくて、味をしっかり楽しんで、背景を知って飲む体験の価値を多くの人に認知してもらう。そうすれば、一部のクラフトビール好きと醸造所で成り立つ業界構造も変わるんじゃないかなって。結果的に醸造所も潤いますし」

飲み手から伝え手へと視点を変化させるきっかけになった、ちゃりばーの運営。夏季限定の店で2度の夏を過ごしたパトリックさんは、独立への思いをさらに強くしました。

知らないものを知る旅の水先案内人が描く未来

内装は夫婦でDIYしたもの。「アーバンだけど明るすぎない、海外で見た都会的なバーをイメージしました(パトリックさん)」

起業という夢の実現にあたっては、かねてからあこがれていたラッパー、世界各地を旅してまわるYouTuberといった道も脳裏によぎりました。しかし、自分の可能性を試し続けてきた過去を振り返った結果、少しでも地に足の着いた選択をとバーの本格開業を目指すことに。結婚して間もなかった妻の祐加さんは、こんな言葉で夫の背中を押しました。

「彼もフラフラしてたんで心配だったんですけど、私も一緒に飲みに行くのが好きで。もともと看護師をしてたんで、いざとなったら私が働けばいいかって。まあまあ男やし、好きなことやりんしゃいって感じですね」

構想段階を経て、保田さん夫婦がBrew Go?の開業準備に着手したのは、2021年の初めのこと。契約した物件が飲食営業に適さなかったことから軌道修正を図り、バーではなく小売店としてスタートすることを決めました。折しも世間はコロナ禍の真っ最中。量り売りの発想は、置かれた状況のなかで体験を売るための工夫だったのです。

関西圏では入手しづらい銘柄をセレクト。全国の醸造所をめぐってきたパトリックさんの話と合わせて、大阪にいながら旅行気分を味わえる

そうして迎えた、6月下旬のオープン日。1か月間の無休営業の成果もあってか、ビールマニアはもちろんのこと、普段はビールを飲まない人もテイスティングに顔を出すなど、店は着々と受け入れられようとしています。

「『初めて飲んでみたけど、すごくおいしい』とか、従来のビールとの違いを楽しめるところに価値を感じていただけて。すごく喜んでもらえますね。提供したいものとお客様の反応がすごくマッチしてる実感があります」

「知らないものを飲んだって反応がすごいうれしいんですよ。当たり前じゃなかったものが当たり前になる扉を開いたときに、つながりを持てたなってやりがいを感じます。クラフトビールをまったく知らなかった人の意見も聞けて。そうすれば、業界の手助けにもなるかなって」

Brew Go?のオリジナルボトル。偶然にも同じ建物に店を構えるバルクショップ(食材の量り売り店)・fu taiの影響もあり、テイクアウトも積極的に提案していく

幅広い人がクラフトビールに接する場を提供し、さまざまな声を吸い上げては醸造家のもとへと届ける。より多くの人が関与すれば、クラフトビール文化は新たな広がりを見せる――実店舗を構え、地域に根を下ろすようになったことで、パトリックさんは理想へと近づく端緒をつかんだようです。

いずれはBrew Go?で得たノウハウを足掛かりに、福島区内に自身の醸造所を開く計画もあるそう。「クラフトビール好きの、クラフトビール好きによる、クラフトビール好きのためのクラフトビール」に変革をもたらす挑戦は、まだ始まったばかりです。

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