香川県さぬき市にある、穏やかな瀬戸内海に面した日本ドルフィンセンター。ここは、巨大な生け簀に住んでいる5匹のイルカとの“ふれあい”を目的にした施設で、2021年4月で創立18周年を迎えました。イルカを見るだけに限らず、知り、触れ、時には共に泳ぐこともできます。

瀬戸内海に面する「日本ドルフィンセンター」の生け簀にて、イルカと触れ合う子どもたち

ここに訪れるのは人だけではありません。ペット可能な施設として、犬もイルカに会いに来ます。ここで飼われている猫たちも、のんびりイルカを眺めています。

イルカを遠巻きに見つめる看板猫「しろみ」

イルカと人と犬猫が集まる場で「さぬきチーム」として働くスタッフは7名。リーダーの森山射沙(しゃさ)さんは、スタッフとともに、イルカと人が触れ合うための橋渡しをしています。

イルカと触れ合う子どもたちを見守る、イルカトレーナーの森山射沙(しゃさ)さん

ふれあいが大好きなイルカたち

ここにいるのは、バンドウイルカ4匹(メイ、サンゴ、アマ、ビエ)と、カマイルカ1匹(ダイヤ)。イルカによって“先輩”イルカに遠慮したり、様子を伺ったり、マイペースな子もいたりと、行動も性格もさまざまです。

実施するプログラムは、餌やり、イルカトレーナー体験、ふれあい体験。人気の「ドルフィンスイム」では、スーツに着替えてイルカの背びれにつかまり、一緒に泳ぐことができます。小さな子どもから年配者まで幅広い年齢層が訪れます。

「人生で2回しか泳いだことがない80歳にもなる年配の方が『一生に一度はイルカと泳ぎたい』とドルフィンスイムに挑戦したこともあるんですよ」

イルカの優しい目が、こちらをじっと見つめています

休憩時間、イルカたちは生け簀でそれぞれ自由に過ごしています。

「イルカの遊びにもブームがあって、ヒトデを集めたり、海藻を持ってきたり。大きな魚を取って見せてくれる時もありますよ」

イルカたちの間でヒトデ集めがブームに

魚を採って『見て!見て!』といわんばかりに自慢気なイルカたち。森山さんは「イルカと仲良くなるのが私たちの仕事」と愛情込めて触ったり、褒めたりします。

大物を狩った時、食べてしまわずにトレーナーに見せるのは『見て、見て、すごいでしょう?』と言わんばかりの顔つきのようです

イルカトレーナーを目指したきっかけ

「幼い頃から、イルカしか見ていませんでした」4歳の時からの夢がイルカトレーナー

森山さんがイルカトレーナーを目指したきっかけは、4歳の時にイルカを触った経験です。

「イルカショーが終わった後、ショーのお姉さんが『イルカに触っていいよ』と言ってくれたんです。その時の感動や状況は、今でも鮮明に覚えています。それまでショーをしていた存在が一気に身近になって、イルカに引き込まれました」

森山さんが近づくと、あっという間にイルカたちが我先にと寄ってきます

高校卒業後、イルカトレーナーへの情熱と若さを武器に、日本ドルフィンセンターへ就職。「イルカのためならどこへでも」と思いを抱き、北海道札幌市から、はるばる香川県さぬき市へと移り住みました。関連施設のある高知県室戸市や和歌山県の太地町でも経験を積み、今は「さぬきチーム」のリーダーとして、日々イルカに向き合っています。

森山さんは「あの子はメイちゃん、あの子はアマちゃん」と愛情込めて名前を呼びます。森山さんが近づくと、イルカは自ら寄ってきて大きなお腹を見せ『ここ触ってほしい』と意思表示します。

言葉はなくても通じ合う、そんな空気感が漂います

ここにいるイルカの性格は、森山さん曰く「甘えん坊、目立ちたがり、ちょっとびびり、ツンデレ」。イルカの表情や動き、にじみ出るものをくみ取って、個性や状況を見極めています。

「イルカには感情があって、狩りをして捕まえた魚を離したくない気分もあります。そんな時に訓練をしても、私たちの言うことを聞いてくれません。技をせず、私たちトレーナーが困っているのを見て『私、魚持ってるよ。だから技はやらないけれど、さぁどうする?相談してね?』とでも言うかのように、様子を見ていますよ」

イルカとトレーナーの関係は、対等な存在

森山さんの指示ひとつで、見事なイルカジャンプ!

森山さんにとって、イルカは友達、家族、仕事仲間。自分だけのものではないという線引きを注意深くしながら、大切に育てています。

「私がまだ新人の頃、イルカとトレーナーは主従関係と思って接していました。でもそんな私の心を見抜くのがイルカ。その時担当したメイちゃんは、私の言うことを聞いてくれませんでした。困った私を見かねた先輩が登場すると、メイちゃんは嬉しそうに泳ぎ回って、先輩の言うことを聞いたんです。それから私は“イルカと私は対等な存在”なのだと考え方を変えました」

秋頃は、夕陽が落ちる光景とイルカジャンプが重なる写真が撮れます

イルカが持つさまざまな感情。“楽しい、嬉しい、やりたくない、疲れた……”
それはもしかすると、勝手に人が思っているのかもしれないと、森山さんは自問自答する時もありますが、イルカと触れ合う人々が何かを感じたりするのに遭遇した時「あ、間違っていないんだ」と、自分の感覚を信じ、イルカと向き合います。

「その子にあった“接し方”をすることが一番大切だと考えています。決して強制ではなく、イルカが自分たちの意思で『人と遊びたい』『人間って楽しいよね』と思えるよう、時間をかけて育てています」

また、イルカへの気持ちを素直にアピールすることも大切と、森山さんは考えています。

「上手にできた時など、全力で『すごいじゃん!』と褒めます。その方が、イルカから返ってくるものが違う、と経験で感じるようになりました。なので新人教育時も『話しなさい、イルカの気持ちを考えてね』と伝えています」

褒める時は全力で。イルカも目を細めて気持ちよさそうです

イルカの反応が悪い時の見極めも、イルカトレーナーの大切な役目。体調不良か、性格か、それとも単なる「だらけ・無視」なのか。日頃からイルカと向き合って感覚を養いつつ、体温測定や採血をしたり獣医師と情報交換しながら、科学的な面からもイルカの生活や健康を支えています。

イルカに会いに来るのは、人・犬・猫

日本ドルフィンセンターでは、イルカ以外にも会える生き物がいます。それはしろみ(5歳)とオセロ(3歳)。野良猫だった2匹を保護し、看板猫として、動物好きのスタッフが一同になって世話をしています。

日本ドルフィンセンターの看板猫・しろみ。オセロはこの日はお休みでした

「人懐っこい性格のしろみが、人間についていく癖があったんです。ある日、団体客がイルカプールへ行く時に紛れていたんです。お客さんの足元で『あれ、しろみもついてきた!』って」

この猫たちは海を怖がらず、生け簀に向かうフロートをてくてくと歩きます。来たり来なかったりとマイペースですが、狙いはイルカの餌やり時間。餌のおこぼれを狙っているのです。

イルカに会いに来た子どもも、しろみと一緒にイルカの生け簀へ向かいます

しろみは海に落ちたこともありますが、その後も遊歩道フロートを避けることなく上手に歩き、イルカのいる生け簀へと向かう日々。自己主張の激しい気まぐれな性格のオセロも、いつの間にか海に行くようになっていたそうです。

「イルカは猫に対して『ウエルカム!』なのですが、しろみは興味なさそう。しろみはイルカより人の方が好きみたいですね」

イルカのサンゴは『遊んでよ!』と言わんばかり。しろみはちょっと驚いた様子

イルカとしろみの一風変わった“ふれあい”について、森山さんは目を細めます。

「イルカがいるのは非日常、猫は日常。イルカはフレンドリーで、猫は気ままなイメージ。そしてどちらもここでは同じように“ふれあい”ができる。この対照が面白くて、ここならではの光景ですね」

しろみはまるで『次は私も番だよ』と言っているかのようです

生け簀へつながるフロートはペット可。”犬友界隈”では名が知れており、客と共に訪れた犬が、じっとイルカと見つめあうこともあるとか。人とイルカに限らず、イルカと犬猫まで触れ合えるのは、“ふれあい”を目的としたここ日本ドルフィンセンターならではの光景かもしれません。

猫は気まぐれ、自由です。会える時も会えない時もあるのでご注意を

子どもに夢を与えるイルカトレーナーへ

イルカを前に喜ぶ子どもたちに「お姉さんがイルカと仲良し、いいな」とより感じてもらうにはどうすればいいか、森山さんは日々模索しています。

子どもの好奇心に対し、丁寧に接する森山さん

森山さんの次の夢は、今以上に子どもたちに夢を与えられる存在になること。森山さんは子どもたちに、イルカトレーナーを夢見た幼い頃の自分を重ねます。『あなたに憧れてイルカトレーナーになりました』と言う後輩が現れることを信じて、森山さんはきょうもイルカと共に笑います。

「夏のドルフィンスイムはとても人気があります。ぜひイルカに会いに来てください」

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