昭和のころの生活そのまま

山下増男:
奥さんから言われなければしていなかったと思います。

甲田:
地元の方は、その良さになかなか気づかない。そういうことってありますよね。

山下増男:
農家民宿をしていると言っても私たちはありのままですので。お客さんが来るとか来ないとか、あまり気にしていません(笑)。自然体ですよね。片意地を張ってするようなことではないので、汚い作業着のままです。いろいろ考えていたら、疲れるだけですよ。

甲田:
ここは本当に、「ありのまま」という言葉がしっくりと来るところです。

台所には、大豆から豆乳をしぼる機械があり、自家製豆乳がつくれると知って驚いている筆者

山下増男:
両親がずっと専業農家でしたので、暮らしも自給自足でした。昭和のころの生活そのままかもしれません。私たちの世代が生まれ育った、そのままの生活です。お風呂も五右衛門風呂ですし、くどがあってかまどもありますので。

山下節子:
芋からこんにゃくをつくってて。この前泊まった人とも、かまどで火を焚いてこんにゃくづくりをしたんよ。

山下増男:
かまどじゃないと、ガス代が馬鹿になりません(笑)。火を焚く木ならたくさんあって、たとえば原木しいたけで使った木を薪することもあります。

甲田:
そういう使い道があるんですね!

山下増男:
貧乏暮らしですので(笑)。しいたけも食べきれないぐらいつくっています。毎年、木を切って菌をうえて。その営みは、暮らしのなかで何の違和感もありません。

甲田:
子どもの頃から、ご両親がされるのを見てきたから。

山下増男:
見て、というより、手伝わされてきました。ただ炭焼きだけは、もうちょっと詳しく親父に教えてもらっていたら良かったなと。わら編みはやってみたんですけど。

山下節子:
むかし使われていた、わらを編む機械があるんです。わらから縄を編むんです。わらで編んだ縄は畑で使い終えても、そのまま腐って土に還っていく。ムダがないんですよね。

甲田:
僕にとっては、どれも真新しいです。

それっぽく見ているが、わら編み機の構造が全然理解できていない筆者

山下増男:
先日来られた方は、大根を抜いたことがないと仰ってて。私たちからすれば、何でもないことなんですけど、大根を抜いてもらったらとても感動してくださって。

山下節子:
ほかにも、春から言えば、ピーマンとかトマト、なすび、きゅうり、ごぼうとか。さつまいも、とうもろこし、黒大豆。にんじん、白菜もあるかな。季節ごとの野菜を収穫してもらったり、時期によっては田植えや稲刈りもできます。

甲田:
山下さんご夫妻がいつもされているところに、ちょっとお邪魔してみる、という感覚。パッケージとして準備されたものじゃないからこそ、暮らしぶりに触れる感動があるんですね。

山下増男:
また、ここは標高が500mぐらいなんです。明かりもほとんどなくて、だから星がとてもきれいに見えるんです。夏場、外でビールを飲みながら、ずっと夜空を見上げているご夫婦もいらっしゃいました。

甲田:
(最高ではないですか!)

山下増男:
冬場、すくも(もみ殻:米の外側の皮)を焼いて、燻炭(くんたん)にするんです。それを撒くと土壌が良くなるんですね。その作業を夜にすることがあるんですけど、そのときも星がきれいで、「星がきれいですよ」ってお客さんを呼んで。

農家民宿ゆずきには、むかしながらの知恵があちらこちらに散りばめられていました

ずっと、田舎に助けられてきた

甲田:
農家民宿を通じて、ここを出られた方に帰ってきてほしい、もしくは新しく移住者に来てもらえたら。そういうことについてはいかがですか?

山下増男:
どうでしょうね。帰ってきてほしいというのはね。私たちも出ていた側ですから、そんな軽々しくは言えないですよね。それぞれの事情、家族がありますから。

よく年寄りが言うんです。「むかしは年間100万円あれば生活できていた」って。子どもを養って、学校に行かせて。充分だったんですよね。そのうえ、当時は木材の価格も高かったですし、炭焼きの炭もいい値段だったというふうに聞いています。ちょっとした仕事を組み合わせて、100万円でも生活できていた時代。いまでは考えられないですよね。そういうことを思います。

甲田:
暮らしと経済のバランスがミスマッチを起こしているというか。

山下増男:
いまは、サラリーマン時代の何倍も働いていますよ(笑)。自然は待ってくれませんから。草も生えれば、悪さをする動物も出ますし。でもまあ、作物を育てて、食べものとかつくって。元気なうちはこういう暮らしもいいんじゃないかなと。お金じゃないんですよね。

40年以上前に撮影された、山下さん宅。

甲田:
(おもむろに、自家製こんにゃくをいただく)あ、ありがとうございます!

山下増男:
ずっと、田舎に助けられてきたと思っています。田舎があったからサラリーマンも続けてこられました。いざとなったら仕事を辞めて、田舎に帰ったらいい。心の拠りどころというか、そういう安心感はもらっていたと思います。会社もいろんな波にさらされますよね。不景気とか、人間関係とか。でもそんなときも、潰れたら潰れたでもいいかと(笑)。だから、父が亡くなったときに「仕事はもうこれぐらいでいいか」と辞められたんだと思います。

山下節子:
ここは毎日、いろんな変化があります。自然とともにだから、毎日することが違うんです。食べるもの、つくるものも季節によって違いますから。

山下増男:
では、ちょっと見に行ってみますか? いまの季節(11月)だったら、しいたけかな。

甲田:
いいんですか!

山下節子:
行きましょう。

甲田:
ありがとうございます!

本当に「本物」が体験できる場所

農家民宿ゆずきのある北房阿口(あくち)には、ユーモアたっぷりのかかしがたくさん飾られていました

しいたけの圃場へ向かう途中、「農家民宿と言っても、特別なことはできない」という言葉を聞き、本当に「本物」が体験できる場所だと強く思いました。

わいわい収穫させていただいたしいたけはどれも肉厚。ふだんはビールばかり呑んでいる僕も、日本酒を出してきて、美味を堪能しました。田園風景を思い出しながら食べると、よりいっそう旨みが広がるようで。

畑を歩いた心地良い疲れが、さらに気持ちをほぐしてくれました。

「ああ、幸せ……」
気づけば、ひとり、そんな言葉がもれていました。

聞き手:甲田智之 写真:石原佑美

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