楳木健司さんは、福岡県出身の40歳。現在、一般社団法人YOU MAKE ITの代表として、福岡に暮らす外国人留学生の就労や生活の支援に取り組んでいる。だが、現在の仕事をするまでに、職を転々とし、一度も夢や目標を持てたことが無かったという。

楳木健司さん

「生まれも育ちも福岡です。地元の大学を卒業し、採用広告を扱う会社に就職しました。やりたいことが特になく、憧れでメディア業界を目指しましたが、テレビ局や広告代理店は内定を得ることができず、唯一内定をいただけたのが、リクルートの九州の支社でした。正社員と待遇面では差の無い、3年半の契約社員として働き始めました」

自分が思い描いた進路ではなかったが、起業家を多く輩出し、様々な業界の経営者と出会える仕事と聞いて、自分がやりたいことが見つかるかもしれないと思ったという。一生懸命満期まで働いた。その後も、独立、医療系企業勤務、リクルート時代の上司に誘われて採用の仕事に従事など、様々な仕事を行ったが、本当に人生をかけてやりたいことは見つからなかった。その後も転職を繰り返し、気づけば35歳で無職となっていた。

「世間一般では35歳転職限界説って言われてましたし、実際に34歳の時よりも明らかに書類選考で不合格になる確率が上がりました。そこで、これが最後の転職活動だと思いました。でも、やっとの思いで書類選考を通過した会社の面接を受けたところで、定年までその会社で働くイメージが全く沸かず…。そんな時に、妻からもう独立しちゃえば?って言われたんです」

サラリーマン時代の楳木さん

楳木さんにとって2度目の独立。やることを具体的に決めずに、とりあえず開業届を出した。これまで一貫して営業職だった楳木さんは、ひとまず信用できる企業向けの集客広告商材を集め、広告代理店として2018年7月にYOU MAKE ITという屋号での営業を開始した。ビジョンなどなく、自分が生きていくためというのが目的だった。そんな矢先に転機となる出会いがあった。

「創業して3ヶ月の頃の話です。地元の日本語学校から、16人のベトナム人留学生の就職相談を受けました。聞くと、ベトナムで国立大学を卒業しており、すぐに日本で就職したいとのこと。一般的に、日本語学校は進学準備のための語学学校なので、サポートができずに困っていたということでした。採用の仕事をしていたんだから、できるよね?と言われ、とにかくやってみることにしました」

それまで、ほとんど外国人と接点がなかった楳木さん。手探りで、履歴書の作成や面接のトレーニングなどを半年間行った。雇ってもらえる会社を探し回り、アプローチした会社は1,000社を超えたという。留学生たちも、何の実績もない自分たちのことを信じてついてきてくれた。

「なんとか16人全員が就職することができました。しかも、みんな大手企業にエンジニアとしてなんです。就職先は福岡ではなかったので、留学生たちが福岡を離れる前に、お礼をしたいということで地元の居酒屋でささやかな飲み会を開いてくれました。その時、みんなとお酒を飲みながら、たくさん感謝されて。自然と涙が出たんです。その時初めて、私は仕事で嬉し涙を流しました。そして、これこそが人生をかけてやりたい仕事だって思ったんです」

ベトナム人留学生とのお別れ会で

その後、彼らの口コミもあってたくさんの外国人留学生から就職相談を受けるようになった。現在では、年間300名程度の留学生の就職支援を無償で行っている。

「毎年たくさんの留学生の就職支援を行う中で、どんどん経験やスキルを得ることができました。現在では、行政や学校・企業などから、この知見を生かした仕事をいただくことができています。これも留学生たちのお陰です」

その後、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、福岡に暮らす外国人留学生たちは非常に厳しい状況に置かれるようになった。まず、留学生たちはアルバイトを失った。収入が減少し、家賃が払えなくなった。最終的には、生活を維持するための資金が底をつき、入国制限で帰国もできないという状況にまで至った。

「とにかく緊急事態でした。そこで、個人事業主ではなく、法人化した方が行政や企業などとも連携して支援ができると思い、非営利活動でかつ迅速に法人格が取得できる一般社団法人にしました。大家さんとの家賃支払延期の交渉。公的機関からお金を借りるサポート。そして食料支援。できることをとにかくやりました」

現在でも、食料支援が発展して、食事をしながら在留外国人が地域住民のgiver(価値提供者)になる「よるごはんmeeting」というイベントを運営している。また、初めて外国人を雇用する企業を増やすために、通訳者や行政書士などが関わる「やさしい合同会社説明会」という企画も行うなど、留学生の就労・生活支援に向けて新たな事業を次々と展開している。

よるごはんmeetingの参加者たち

「以前インターン生として活躍していた留学生が、母国で今度開催する結婚式に招待してくれたり、以前食料支援の際にご飯を貰いに来ていた留学生が、今度は自分が役に立ちたいとイベントを手伝ってくれたり。そんな関係性ができていることもとても嬉しいです。就職支援をプログラム化するなどして、助成金やボランティアだけでなく、ビジネス面でちゃんと持続可能な会社にしていきたいと思います。また、現在は就職活動のタイミングで接点ができる留学生が多いですが、もっと早期に出会うことができればサポートできることが増えると感じています。留学当初や、母国にいる時点での接点づくりもやっていきたいと思います」

インドネシア労働省に訪問

「あとはやっぱり、やりたいことを持って働くことができる外国人留学生を増やしていきたいと思います。仕事や在留資格があればなんでもいいという留学生も正直少なくないです。でも、私自身が、やりたいことができてからの人生が本当に豊かになりました。私たちよりもっと厳しい母国の生活環境から来日している方々もいらっしゃる中で、やりたいことを見つけることを説くことは正しいのか葛藤することもあります。でも、やりたいことがある素晴らしさを教えてくれたのは外国人留学生たちでした。だからこそ、伝えていきたいと思います」

多文化共生社会が叫ばれて久しい。だが、どうしても日本人が外国人に対して支援をするという一方的な文脈で議論がなされることが多い印象だ。楳木さんのように、まさに留学生と日本人が恩送りをしている姿は、多文化共生社会の理想だと感じた。

仲間たちと

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