心理的安全性と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。授業で高い心理的安全性を実現した香川大学創造工学部の教員チーム「スーパーロジカル」が、「心理的安全性AWARD(アワード)2023」でプラチナリング(最高賞)を受賞した。ほぼ全員の学生が腕をピンと伸ばして挙手する、大学の授業では”あるまじき場面”を実現。その秘密を取材した。

「1分間の自己紹介」にも秘密

「今から1分間で自己紹介します。アピールしたいことを三つだけ入れてください」。北村尊義(たかよし)先生が心理的安全性の導入部分を再現した。ストップウォッチを起動すると、自己紹介を始めた。

心理的安全性アワードでのプレゼンを再現する北村先生。チームのメンバーは背景が多様で専門もさまざまだ

「はじめまして、北村尊義と申します。香川には縁がなく、鹿児島の生まれで、京都で育ちました」。そして、船にまつわる趣味と専門分野の話を続けた。

北村先生は、この短い自己紹介に隠された心理的安全性の秘密を解説。三つの要素に絞ることで聞き手にとっては覚えやすく、次の展開を想定しながら集中して聴ける。さらに、別の人は「私も九州出身です」のように共通項を織り交ぜることで、チームに共同意識を生み出すという。

実際に筆者も北村先生と自己紹介してみた。「えっ、そうなんですね」「うんうん」とアクティブに頷いてくれたので、話しやすく心が弾むのが分かった。これこそが、心理的安全性の基本である。

「何気ない自己紹介に、計算されたコツがあるんですね」と感想を伝えると、北村先生は「研究の知見を踏まえています。自己紹介はほんの入り口で、授業には心理的安全性をもたらす要素がいくつも組み込まれています」と話した。

「学生が挙手するだろうか」

心理的安全性とは、組織やチームの中でも「自然体の自分」でいられること。米国グーグル社の研究で「心理的安全性のある組織は生産性が上がる」と分かり、2015年ごろから世界的に注目されている。

アワードの話に戻ろう。心理的安全性アワードは、株式会社ZENTechが主催し、2022年に創設した。23年は香川大学の他に、富士フイルムビジネスイノベーション労働組合などが最高賞に選ばれた。北村先生ら5人の教員チームと学生たちの双方が、高い心理的安全性を実現したことが受賞の理由だ。

受賞の対象になったのは、「ロジカル思考演習」という同学部1年生(320人)の必修科目。当初は山中隆史先生が一人で担当していた人気講座で、学生たちが次々に挙手する講座として知られていた。その講座を北村先生や山中先生ら、5人のチームで担当することになった。

5人の先生たちは心理的安全性を確保するためのルールを話し合った。「空中戦にせず、ホワイトボードに書き込む」など14のルールができた(提供)

北村先生は「学生が挙手するのは山中先生のならではの個人技で、『自分にはできない』『学生が挙手するわけがない』と思っていました」と振り返る。5人のチームは2021年6月から授業の準備会議を始めた。

しかし、3か月が経過しても準備会議では、当たり障りのない会話が続いた。次第に「このままでは、まずい」という危機感がチームに生まれたという。

「まず私たち教員チームに心理的安全性が必要だと考え、ルールを話し合いました。『挨拶を大きく、にこやかに』『言葉に愛情を持とう』『困っていることがないか確認する』など14項目を出し合って、授業にも活かしました」

5人の先生で作る「スーパーロジカル」が考案した「話やすさ」のルール7か条(提供)

面白いことに「ルールはどんどん変えられる」ことをルール化すると、チームから次々にアイデアが出たという。

教室中の学生が次々挙手

2022年4月、いよいよ授業がスタート。授業の冒頭で「この時間は、どんな発言をしても良い」という大前提のルールを伝え、考えが浮かばない時は「パス」「分かりません」と言えるようにした。「思い付かないことも『解』です。『分からない』と言う練習にもなりました」と北村先生。

ほぼ全員の学生が挙手する「ロジカル思考演習」の授業。大きく手を挙げると心が開く効果もあるという(提供)

すると、学生が次々に大胆なほど手を上げるように。学生の中には「本当にアクティブになって挙手したり、発言しても良いのだろうか」という消極的な雰囲気もあったが、授業冒頭のルールを毎回伝えることで、不安が取り除かれたという。

具体的に授業の様子を覗いてみよう。紙を丸めたリングをつなげて「飾り」を作るワークの演習。紙とノリを準備し、効率的に終わらせるためのボトルネック(障壁)を学生に考えてもらった。

答えは「ノリが一つしかない」こと。こうした参加型の授業で、学生は次々に挙手した。

2023年7月6日の表彰式では、審査員が「学生が挙手している様子を見て、目を疑いました。練り込まれた事前準備や手を挙げる工夫など、『すごい成果が出そうだ』と感じられました」と評価した。

授業アンケート(回答率93%)によると、「総合的な満足度」が4・58点(5点満点)という高得点。さらに、大学外のコンテストで学生の受賞が急増し、2022年度は八つを数えた。

授賞式で贈呈された「心理的安全性AWARD2023」の賞状(右)と記念のガラス製盾

最後に北村先生は、意外な秘密を教えてくれた。「手の挙げ方にもコツがあって、しっかり上げると胸が開くので『オープンな気持ちになる』という科学的な知見もあるんです」

明日の会議や授業。思い切り手を挙げて「はい」と言ってみたら、グッドアイデアが浮かぶかもしれない。

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