地方移住・副業・社会貢献。そんな最近のトレンドを全て網羅したかのような生活をしている方がいる。中国江蘇省出身の王露さんだ。平成元年生まれ。愛媛県の東雲女子大学への交換留学がきっかけとなり愛媛へ移住。人材会社に勤務して11年になる。また、松山市内のゲストハウス運営や、愛媛の多文化共生を目指したNPO法人の立ち上げに携わるなど多彩に活躍している。

王露さん

当時、勢いのあった日系企業をみて、日本語を学んでビジネスに生かしたいと考えた王さん。地元の大学では日本語を学び、提携先だった愛媛県の東雲女子大学に交換留学をした。これがその後の人生を大きく変えた。

「大学時代は、アルバイトやインターンに積極的に取り組みました。とても学びが多かったですし、日本での社会人生活に対するイメージが湧きました。そんな中で、私は真面目な性格なので、日本人の価値観にとても共感しました。」

また、地方ならではの温かい近所付き合いも、驚くとともにとても好印象だったという。そうして、居心地の良い愛媛での就職を考えるようになった。
「留学期間だけだと物足りなくて、あと3年くらいは愛媛にいたいなと。でも、こんなに長く日本で生活するとは思いませんでした。いまでは中国に戻ることは考えられないです。」

東雲女子大学に留学中の王さん

食の安全や教育の質など、安心安全の部分でストレスが無いことが特に大きかった。中国に帰省する度に、その思いは強まった。王さんは学生時代に出会った同郷の男性と結婚し、現在愛媛で子育てをしている。パートナーも帰国は考えていないとのことだ。

愛媛での子育ても楽しく奮闘中

「でも、最初は何度も挫折しました。四国地方で人材ビジネスを展開するアビリティーセンター株式会社に入社したのですが、会社にとって初めての外国人社員で、お互いに手探りでしたね。採用したものの、私に何をしてもらうのか会社として決まっていませんでした。」

最初は事務仕事を担当していた王さん。社内外とのメールのやり取りで、何度も日本語を先輩に修正されながら磨いていった。だが、言葉のニュアンスなど理解できずに誤解して傷つくこともあったという。

「今では笑い話なんですが、ある時私の上司がそのまた上司から、私が業務ごとにどのくらい時間がかかっているのか報告するよう指示がありました。おそらく、指示した方は私の仕事量の調整をしたいだけだったのだと思います。でも、当時の私は自分が真面目に仕事をしていないと疑われているのだと感じ、泣きながら帰宅しました。そんな小さなコミュニケーションのズレはたくさんあったと思います。」

唯一の外国人社員。日本人の同期に対する劣等感。母国の中国人の同期の活躍を聞き、また劣等感。これがまた辛かったという。自分がここで頑張る価値がわからず、2年目の終わりに一度退職を申し出た。

「とても親身になって対応してくれ、もう少し頑張ることにしました。それを機にせっかくなので営業をやりたい、直接お客さんと話したいとお願いし、事務から異動しました。言葉も慣れない、車の運転も慣れない、そんな中で始めた営業職。引き継ぎ中の先輩が急に入院したり、初めて受注した案件で、前日に派遣社員がドタキャンしたり、泣きながら相談して、先輩たちに助けられながらなんとか1年間働きました。」

この営業の1年間があまりに辛く、2度目の退職を申し出た。だが、面談をする中で、単に自分が目の前の苦しみから逃げ出したいだけだと気づき、退職を取り下げたという。その後、営業トップの売上を出すまでになった王さん。あの頃を乗り越えたからいまはもう大丈夫だと笑顔だった。いまや社内には外国人社員の後輩も増え、新規事業として四国地方で働く外国人を増やす取り組みも始まった。王さんは現在その事業の責任者もしている。

職場で韓国から来た後輩と

そんな王さんだが、実は4年前から松山市内で「ゲストハウスピアノ」を運営している。きっかけは結婚だったという。

「中国の文化では、結婚したら自分たちの家を持つのが普通です。私たちも両家の親からさんざん家を買わないのかと言われました。でも、仕事柄転勤もあるしどこかに定住できる見込みがなかったので、それなら私たちが学生時代を過ごした大好きな松山でゲストハウスをやろうと思い立ったのです。」

外国人ということでローンを借りれなかったが、なんとか資金を集めた。他のゲストハウスに泊まったり、お客さんから意見を聞いたりしながら研究を重ねた。無人型、日英中3カ国語対応、インスタ映えする内装、宿泊者が遊べるゲームの充実などの工夫で、コロナ禍を乗り越えた。業績は好調で、今年2店舗目を道後温泉近くに計画している。

とにかく広いゲストハウスピアノ

さらに、地域貢献活動にも取り組む。愛媛県内の多文化共生を推進する団体「えひめインターナショナルMeet-up」の立ち上げメンバーとして、交流イベントの企画などを行なっている。

「周囲には愛媛に10年以上住んでいる外国人が少ないです。それがとてももったいないと感じます。様々な理由で愛媛から離れてしまう。定着が大きな課題です。ですが、その問題にアプローチしている活動は少ないです。」

主に県内の企業で働く外国人どうしや、同年代の日本人と出会い、つながる場づくりを目指し、対面やオンラインのイベントを毎月開催している。さらに、LINEオープンチャットを用いたオンラインコミュニティも運営している。王さんは、愛媛に来たばかりの外国人にとっての先輩として、重要な役割を果たしている。今年度中にNPO法人化予定で、王さんは理事に就任する予定だ。

えひめインターナショナルMeet-upオンラインイベントでの集合写真

「自分にとって愛媛はふるさとだと感じています。この土地にもっと世界から若者がやってきて盛り上げてくれたらと思いますし、そのために私も貢献したいと思っています。当たり前のように外国人と働く時代になってきましたが、まだまだ抵抗を感じる人や企業もあると思います。相互理解できる場をもっと作っていきたいと思います。」

王さんは、職場でも地域でも欠かせない存在だ。共に生きるといいつつ、どうしても日本人側が外国人側を支援するという視点になってしまいがちだ。だが、王さんのように労働者として、事業主として活躍しつつ、地域社会にも主体的かつ積極的に貢献する形は多文化共生時代のまさにモデルケースになるだろう。

この記事の写真一覧はこちら