ふるさと香川の風景をデザインしたい。プロダクトデザイナーの小西弘恵さんは、関西からUターンした香川県観音寺市を拠点に、自らデザインしたファブリックや雑貨を制作している。2023年4月27日、同県三豊市内の商業施設に無印良品がオープンするのに合わせ、記念配布されるトートバッグのデザインを手がけた。小西さんがデザインに込めた思いを聞いた。

鳥や雲など21個のアイテム

「日常の中にある好きな風景」といえば、いくつ思い浮かぶだろう。小西さんがデザインしたトートバッグには、21個のアイテムが並ぶ。

日本のウユニ塩湖と称される父母ヶ浜、四国霊場70番札所の本山寺とお遍路さん、旧高瀬町の茶畑、八尾(やつお)の家など。鳥や雲なども含め、地域の誰もが親しんでいる風景を盛りだくさんに描いた。

小西さんは「香川の風景の良さは、一度、県外に出るととても良くわかります」と話す

しかし、そこに香川を代表する、うどんは見当たらない。「地元の人なら『こっちに頷いてくれるよね』と思って、うどん屋さんのおでんを描きました。これ、香川ならではですよね」

同県三豊市にある商業施設「ゆめタウン三豊」のテナント担当者から2022年12月、無印良品のオープンを記念したトートバッグのために「三豊の風景を描いてほしい」と依頼を受けた。

小西さんは実際に住んでいる人が愛着を感じる風景を探すため、インターネットで調べたり、ドライブに出かけた。デザインには「当たり前の存在だから気づきにくい地元の良さを発見してほしい」という思いを込めた。

一つひとつのアイテムは、抽象と具象のバランスをとりながら描いている。

「いつもは『言われたら、それと分かる』くらいの崩し方で、デザインしています。今回のトートバッグは、見れば何を描いているのか分かってもらえるように仕上げました」

小西さんがデザインした「三豊トートバッグ」。地図の上に三豊らしいアイテムをのせたタイプ(右)と、野菜や果物など「三豊で生まれるもの」をリース風に描いたタイプ(提供)

依頼した担当者は、「当初は3案のデザインから1つ選ぶ予定でした。でも、出来上がりがどれも良かったので、3種類のトートバッグを作ることになりました」と話す。オープン初日に無印良品で税込3500円以上の買い物をした人を対象に、先着300人に配布される(ゆめカード会員限定)。

知らず知らず”香川の山”を表現

小西さんは高校を卒業後、ふるさとを離れて京都市内の美術大に進学。北欧デザインを学んだ。家具を題材に、シンプルな構造美の講義を受けたことは今も思い出す。その後、「grasspool(グラスプール)」のブランド名で京都を拠点に活動した。

「Mt.pouch(マウント・ポーチ)」を見て、香川県内に実際にある”おにぎり山”を思い浮かべる人も多い(提供)

2021年夏、富山県美術館のショップで山型のポーチを販売した際に言われた。「富山の山は、こんな形をしてません。香川の山は、昔話に出てくるようなかわいい形で面白いですね」

その時、小西さんは子どもの頃から親しんでいた香川ならではの風景が、自身のデザインに影響していたことに気づいたという。

讃岐平野の中心にある飯野山は、讃岐富士と呼ばれる美しいフォルムで知られ、地域のシンボル的な存在。小西さんが作る山型ポーチの形とそっくりだ。香川県内のマルシェでは、「これは飯野山ですか」と聞かれるという。

ほかにも香川には独特の地形が点在しており、ジオスポットと呼ばれる。大きな台形の屋島、柱状節理などがよく知られている。

香川の人が香川を肯定する意味

2019年春、16年ぶりに戻ったふるさとでは、同級生が地域の活性化に携わったり、それぞれの思いとともに活動していた。高校時代は、あまり会話したことがなかった同級生とも、街のことや制作活動について話が弾んだ。

2021年4月に高松市の古民家「旧南原邸」で開かれた展示会。山型のポーチが並ぶ(提供)

「素材は、布にこだわりたいの?」。同級生の一つの問いから、小西さんの中で固まっていた思考が解放され、インテリアやパッケージなど新しい分野に挑戦したい思いが膨らんだという。久しぶりでも自然に会話できる同級生の存在が、ありがたかった。

「grasspool」のスタートから12年。「身近な風景」をモチーフにするスタイルは、ずっと一貫してきた。

「京都の方が活躍場所が多いのでは」と聞かれることも多い。しかし、京都での暮らしは、「ここに住んでいる理由は仕事。京都にいる限り、頑張らなければならない」という意識に追われ、ゆとりとは縁遠かった。

ところが、故郷に戻ったら「ここにいる理由なんていらない。ただ、この場所に存在していいんだ」という肯定感が生まれたという。「やらなければ」ではなく、「これをやりたい」という挑戦的な意欲が膨らんだ。

香川県三豊市の父母が浜で、身近な風景をモチーフにしたデザインへの想いを語る小西さん

「なぜ、でしょうね」と、小西さんは首を傾げた。子どもの頃は、悩みなんてなかった。ただ存在していれば、それで良かった。そんな安心感をもたらしてくれる家族との暮らしが、ふるさとに戻ったことで、小西さんに再び戻ってきた。

「身近な風景をデザインしている理由は、その風景に価値があると伝えたいから。香川の人が、香川を肯定することに意味があると思うんです」。それは、小西さん自身への思いとも重なっているようだった。

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