多様性という言葉をよく耳にする昨今、事実婚やひとり親、生涯未婚率が増加するなど、結婚や家族のあり方も多様化している。一方で、日本では「結婚がゴール」という考えは根強く残ったままで、離婚やひとり親に対してネガティブなイメージを抱く人も少なくない。今回話を聞いた黒川京子さんも、かつてはそんな考えを持つ一人であったが、スウェーデンへの移住をきっかけに、結婚や家族のあり方への価値観が変化していったという。

「結婚しないのが普通」のスウェーデン人

黒川さんがスウェーデンに移住したのは2021年の夏、29歳の時だった。きっかけは「母国の大学で数年間勉強したい」というスウェーデン人のパートナー、ティムさん(当時26歳)の言葉。遠距離恋愛の期間を含めてすでに4年間交際し、結婚も意識していた黒川さんは、スウェーデンの暮らしを体験するためにもと、まずは1年間の移住を決めた。

「その時は結婚しないという選択肢がなく、彼といつか結婚するだろうなと思っていました。兄妹も友人も、周りがみんな結婚していて子どももいるから、それが当たり前だったんです。友人の結婚式をたくさん見てきたこともあり『この人と一生人生を共にする』と誓うことや、結婚式自体に憧れていました」

スウェーデン南部の都市・ベクショーで生活する黒川京子さん。フリーランスのWEBデザイナーとして社会問題や環境問題解決に取り組む(黒川さん提供)

スウェーデンに移住して半年ほど経った頃、「何歳までに結婚して、子どもを産むか」という具体的なライフプランをティムさんに話してみた黒川さん。しかし、その理想は一瞬にして打ち砕かれたという。

「『これからも一緒にいたいと、今は思っている。だけど結婚する重要性はわからない。そもそも、人生計画通りにはいかないんだし、そんな先のことなんてわからないじゃん』と言われたんです。じゃあ私はどうしたらいいの? と混乱しましたね(笑)」

実は、スウェーデンでは「サンボ」という長期化した同棲(日本でいう事実婚)が一般的で、結婚(法律婚)をする人が少ない。遺産相続や扶養の義務など法的に違いはあるものの、社会的には結婚と似たものとしてみなされている。

「友人や彼の家族もみんな『サンボがあるからわざわざ結婚しなくてもいい』と言うんです。スウェーデンでは、子どもが欲しいから結婚するという考えも、何歳までに結婚しなければというプレッシャーも一切ありません。まずは自分の人生を優先させ、その時好きな人と一緒に過ごし、子どもが欲しいなら授かる。でも、何年かしてお互いが好きじゃなかったら、子どものいるいないに関係なく別れて新しいパートナーと過ごす、というようにけっこうさっぱりしてるんです」

将来の夢に向け、環境エネルギー学を学ぶティムさん(黒川さん提供)

離婚も子連れ婚も、スウェーデンでは普通のこと

離婚率が高いのもスウェーデンの特徴の一つだ。黒川さんの知人では、親が離婚している人がほとんどだという。

「スウェーデンでは、子どもが夫婦やサンボの関係をつなぎとめる理由にはなりません。不仲な夫婦関係はかえって子どもにストレスになるという考え方だし、そもそも子ども中心の人生ではなく、自分がどれだけハッピーかを重視しているんですよね。それは、親も子もお互いを『一人の人間』としてみているからだと思います。子どもは親に頼りすぎず、親も子どもの面倒を見すぎない。たとえば心の問題が生じたときも、自分の問題だと割り切り、親ではなくプロのカウンセラーに解決してもらうこともよくあることなんです。こういうふうに、子どもが自立していると感じる場面は日常で多くみられます」

スウェーデンでは、離婚やひとり親、再婚に対するイメージもネガティブなものではない。

「スウェーデンの人気番組に『ボーナスファミリー』という家族のあり方を描いたドラマがあるんですけど、こっちでは離婚するのも、連れ子がいる者同士で再婚するのも、別れた親の再婚相手やその家族で集まるのも、普通のこと。親以外の大人がもう一人増えたことで、実親には話せないことを相談できるようになると前向きに考える人も多いみたいです」

ティムさんの親族のパーティに参加する様子(黒川さん提供)

夫婦や家族の形を柔軟に変えていけるのは、法律や男女平等な社会のおかげだと黒川さんは補足する。

「スウェーデンでは、課税の対象は世帯ではなく個人なんです。だから、結婚してもお互いが経済的に自立している必要があって、結婚や出産後も仕事を続ける女性がほとんど。男性も十分な育休が取れるから、女性だけがキャリアを諦めることもないし、仮に離婚したとしても親権は両方にあるので、片方の負担になることもありません。ひとり親でも経済的なストレスなく、子どもと一緒にいながら自分のやりたいことを続けられるのは、女性として勇気の貰えることですよね」

自分の選んだ道をやり遂げられたらそれが“正解”

日本にいる時は、結婚に憧れていた黒川さん。スウェーデン人の価値観に触れた今、結婚や夫婦のあり方をどう捉えているのだろうか。

「『一生この人と一緒にいる』と決めなくてもいいんじゃないかなと思うようになりました。人ってやりたいことや関わる人がその時によって変わるから、今は好きでも、10年後それぞれの価値観がどうなっているかなんて誰も想像できません。スウェーデンでは恋愛に年齢は関係なく、50〜60歳になっても恋愛を楽しんでいます。いつでも自分の素直な心に従って、好きな人と一緒にいればいいと思うようになりました」

スウェーデンの家の前に広がる森。自然に囲まれ、自分と向き合う機会が増えたという(黒川さん提供)

いかに自分が心地やすく生きられるかを考え、自分の心に素直に人生の選択をしていくスウェーデンの人々。彼らの価値観は、黒川さんの人生観までも変えていっている。

「『普通は』という考えがなくなったのは大きな変化だと思います。それは結婚にかぎらず、たとえば、就職したら3年は働くべきというようなキャリアに関することもそう。日本ではいろんなことに対して常識やノウハウがあるけれど、周りがそうしてるからって自分に当てはまるわけではありません。自分がこうだと思ったことをやり遂げられたらそれが“正解”になる。そう考えられるようになったのも、ティムと出会い、異文化に触れられたからだと思っています」

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