中学校1年生のときに学習障害と診断され、現在は特別支援学校に通う18歳の高校生、アイリさん。これまで約3年間描き溜めてきた絵のなかから約30点を選び、はじめての個展を開催します。アイリさんの絵に対する姿勢や個展開催の経緯について、母親のエミさんに話を聞きました。

個展に出展する絵の前に立つアイリさん(右)とエミさん(左)

おしゃれとK-POPが大好きな高校生

軽い学習障害があり、感情をコントロールすることが苦手なアイリさん。中学1年生のときに診断されるまでは、エミさんもまさか娘に障害があるとは思っていなかったと言います。
「見た目は本当に一般的な高校生という感じで、おしゃれとK-POPが大好き。ただそれが逆に、本人にとってもストレスになる部分で。見た目で障害があるとわからないけれど、話をすると『あれ、ちょっと違うな』と相手は感じてしまうんですよね」
学習障害と診断されたあとも中学校はそのまま通って卒業し、高校で特別支援学校に進学しました。

作品名「Kappa maki」

中学で始めた絵が、内面を表現するツールに

そんなアイリさんが絵を描き始めたのはエミさんの影響でした。エミさんが元々絵を描いていたこともあり、一緒に美術館に行くなど幼い頃から絵は身近なものだったそうです。
「アイリがときどき鉛筆で絵を描いていたんですが、それを見て『うまいな』と思って。試しに絵の具を使って描いてみる? と勧めたのが、中学3年生の頃ですね」

作風は作品によってさまざまで、エミさんいわく「まったく違う人が描いたような絵もある」とのこと。そのとき心に浮かんだものや描きたいと思ったものを表現するアイリさんの絵は、まさにジャンルにとらわれない唯一無二のアートです。

作品名「GOMA GOMA」

個展は就職活動!?

ただ絵を描くことが好きで、描きたいものを純粋に表現しているアイリさん。絵で賞をとりたいとか、誰かにほめてもらいたいといった気持ちはないと言います。それがなぜ、個展を開催することになったのでしょうか。

「高校3年生になると、同級生の子たちは就職を考え始めます。でもアイリは就職はしたくないと2年生の頃から言っていたので、学校の先生が『じゃあ何か、他の生徒の就職活動に代わるようなことをやってみませんか』と言ってくださって。それなら個展がしたいですと伝えて、それがアイリの就職活動代わりになればということで、学校の協力もあって開催に至ったんです」

作品名「羊」

これまで自分のなかだけで完結していた描くという行為が、人に見てもらうものになったとき、アイリさん自身にも新しい気づきや学びがあったそうです。

「アイリは自分の絵が人にどう思われるかとか、理解してもらえるかなどはまったく気にしないんですね。でも、個展をするからにはやっぱり少しは理解してもらわなきゃいけない、ということで、今回個展をするにあたって今までタイトルがなかった作品にもすべてタイトルを付けました。理解されなくてもいいと思っていたけれど、場合によってはそういうことも必要なんだなと感じたと思います」

就職のための職場実習にも何度か行ったものの、「自分には就職は向いてない」と思ったそう

生き方の選択肢はひとつじゃない

「絵を本格的に勉強したわけじゃなく自己流なので、技術的なことだけで言えば私から見てもまだまだ。ただ、色彩感覚は他の人にはないものを持っていると思います。今アイリは、誰かに認めてもらいたいとかそういう考えはなしに、ただ純粋に自分のなかに湧き出るものを絵にしています。親としては、その素直で純粋な気持ちのまま絵に向き合っていてほしいなと思います」

作品名「Love」

自らも絵を描く人間として、アイリさんの制作中はできるだけ邪魔をせず集中できるようにしているというエミさん。今後アイリさんが自ら絵を勉強したいと言い出すまでは、今のスタイルのまま続けさせようと考えています。

「本当は就職してほしかったですけどね。でも本人ができない、向いてないって言うなら仕方ない。アイリのように軽度の障害がある子はたくさんいると思いますが、何も大学に進学して就職するというレールだけが正解じゃないですから。今回の個展を通してアイリのような子がいると知ってもらうことで、ちょっとでも心が軽くなる親御さんたちがいたらいいなと思います」

作品名「バッチ」

アイリさんの初個展「描くことの自由 ~現代アート展~」は、香川県三木町の池戸公民館にて、2021年11月15日(火)から20日(日)まで開催。会期中はアイリさんも在廊予定です。

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