発達障害のある松井加名江さん。10月27日~11月16日の期間、天満屋倉敷店4階のアート展示スペースで、初の個展「~自由な国へようこそ~」を開催します。加名江さんの絵は、目の覚めるようなキュートな色使いが特徴です。余白なく埋め尽くすモチーフは人、動物、魚、目などさまざまで、見る人の心を惹きつけます。一方で、「おじバブ」や「ゴリ子」など一度見たら忘れないクセになるキャラクターも。

大きなキャンバスに指で描いた作品「龍と優しい雨」と並ぶ加名江さん。テーマは「龍が怒っていたけれど、優しい雨が降ったから笑顔になった」。

フランス語で“生のままの芸術”を意味する「アール・ブリュット」と呼ばれる加名江さんの作品は、内なる衝動で描く障害者アートとして、注目されています。

頭の中に浮かぶ設計図を書き続ける

水を得た魚のようにタブレット端末を使いこなす加名江さん。試しに描いてもらうと、わずか数分で描いてくれました。

描くときは、油性ペンや色鉛筆、布用マーカーといった道具のほか、タブレット端末を使います。「頭に浮かんだことをただ描くだけ。筆がちょっとでもミスすれば失敗」と加名江さんは話します。短時間で仕上げる作品がほとんどで、長くても5~6時間。小さい頃から、おもちゃには興味を示さず、紙とペンがあれば機嫌がよかったといいます。

そんな加名江さんをサポートするのが、兄の翔哉さんと母の幸さん。翔哉さんは、得意なパソコンの画像編集ソフトを使い、ポスターやチラシ、名刺などを製作。幸さんはSNSを駆使して、加名江さんの作品を発表するほか、イベントの告知などをしています。

シングルで自閉症の子2人を育てた幸さん

翔哉さん(左)、加名江さん(中央)と、母親の幸さん(右)

仲睦まじく、創作活動を支え合う3人ですが、壮絶な時期もあったと話します。

幸さんは、加名江さんが生まれてすぐに離婚。シングルマザーとして働きながら、年子の2人を育てました。幼い頃に翔哉さんは自閉症、加名江さんは知的障害を伴う自閉症とそれぞれ診断を受けました。

「お兄ちゃんは多動が顕著で、5歳で自閉スペクトラム症の2次障害を発症しました。『戦車が来る』などと幻覚がひどく家から出られなくなり、小学校には通えず。思春期の頃は自殺願望もあり入退院を繰り返しました。症状に合う薬がなかなか見つからず、苦しい時期でした」と幸さん。

加名江さんは小学校低学年から不登校に。心因性のてんかんが激しく、攻撃的になるほか、母との分離不安が強く出ていました。小さい時は、兄妹の関係も最悪で「2人は互いに恨みあっていた」といいます。

加名江さんが始めた“しりとり”に、ニコニコ付き合う翔哉さん。

幼い子どもたちを預かってもらえるところもなく、休職しながら仕事を続け、幸さん自身どん底だったと振り返ります。

「生活相談員さんや病院の看護師さんら人との出会いに恵まれ、話をたくさん聞いてもらったり、方向性も一緒に考えてもらっているうちに救われました」

生活基盤を立て直すため、加名江さんは小学6年生の頃に児童心理治療施設に入所。規則正しい生活習慣を身に付けながら、心理カウンセリングを受け、徐々に落ち着いていきました。「最初はお母さんと離れて寂しかったけれど、朝起きたら布団をたたみ、自分で洗濯もできるようになった」と加名江さんは話します。

「自分は自分」 個性的な作品をつくる学生時代

支援学校高等部の卒業制作のフィギュア。タコ婦人が海に帰る瞬間を表現しているそう。(松井幸さん提供)

「個性の塊」だった加名江さん。中学校に進学し美術部に入部します。周囲は写実的な絵やいわゆる“上手な絵”を描く生徒ばかり。萎縮する加名江さんに、顧問の先生は「個性をいかしなさい」と指導してくれたそう。「注意されるのは嫌だけれど、絵のことだったら真剣に話を聞くよ」と加名江さん。「自分は自分」と自信を持つようになります。

中高生時代、幸さんが作品展を見に行くと、「名前を確認する前に作品がわかる」ほど群を抜いて個性的な作品ばかりだったといいます。入所施設「ももぞの学園」に在籍していた頃には、アール・ブリュットの作品を紹介するフランスの国立現代芸術センターの館長から、作品を高く評価されたことも。

「学校に行かなくてもいい」 不登校でも家での役割が居場所に

「カラフルパラダイス」。魚がオラオラしているところを表現したという作品。(松井幸さん提供)

一方、加名江さんが施設にいて不在の間、約7年、母と兄だけの生活が長く続きました。

「母から『学校に行きなさい、勉強しなさい』と言われたことはなかったです。でも、学校に行けない日も多く、そういう時は家の仕事を何か一つ必ず言い付けられていました」と翔哉さん。

幸さんは「私自身、学校にこだわらなかったからうまくいったのかな。でも、自分の役割を果たすことは大切。外に出られなくても、ゴミ捨てや食事作りなど家の仕事はしてもらっていました。役割が居場所となって、小さな自信を積み重ねられたのでは」と話します。

高校を卒業した現在、翔哉さんは就労継続支援B型作業所に通所し、草刈りや引越し作業などの職業訓練を受けながら、得意なパソコンの腕を磨いています。加名江さんも同じ作業所に通い、創作活動をしたり、職業訓練にもチャレンジしています。

一番しんどかった頃に夢見た親子コラボの実現へ

個性派キャラクター「おじバブ」(上)と「ゴリ子」(下)の布で幸さんが試作したポーチや財布。

天真爛漫で人懐っこい加名江さん。イベントで知り合う作家さんや、お客さんと波長が合えば、すぐに仲良くなるのだとか。「『加名江ちゃんと仲良くなりたい』と話しかけてくれるのが嬉しい」と幸さん。

幸さんは、加名江さんが描くキャラクター「ゴリ子」と「おじバブ」の図柄の布を業者に発注し、ポーチなどを手作りしました。「いちばん子育てが大変だった頃、加名江の絵で何か作れないかな、と漠然と夢を持っていました。まだ試作段階ですが、いずれ親子コラボの作品を世に出したいです」と幸さんは話します。

個展は10月27日から11月16日まで。期間中の、10月31日、11月3日、7日、14日の4日間、加名江さんは画廊にいて、そのときのみ商品の購入が可能です。(隣のスペースでは「就労継続支援B型作業所くらげ」の作品も同時に展示販売予定)

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