人生100年時代の今、何歳になっても充実した生活を送れるよう柔軟な生き方が模索されている。しかし、そこに立ち塞がるのは「エイジズム」という壁。エイジズムとは、年齢による偏見や差別のことで、「高齢者は弱い」という決めつけや、年齢を理由に雇用しないといったこともそれにあたる。自己否定や、心身の健康を損なう原因にもなる社会課題だ。

そんなエイジズムをテーマにしたドキュメンタリー映像がある。2021年9月に公開された「年齢の森-Forest of Age-」だ。今回は、映像制作に関わったLIFULLの吉岡崇さんに、エイジズムをテーマに選んだ理由や作品に込めた思いについて聞いた。

LIFULLの吉岡崇さん

対話を通し、年齢の多様性を知る

「何かを始めるには年をとりすぎている」「年相応の恰好を」「これだから若い人は」そんな言葉を自分や周囲に投げかけたことはないだろうか。こうしたエイジズム(年齢による固定観念や偏見、差別)は、高齢者だけでなく若者にも存在し、人種差別、性差別に次ぐ差別として世界的に問題になっている。

エイジズムに関する調査「みんなが受けたことがあるエイジズム的体験とは?」(LIFULL提供)

しかしこの課題は、日本ではあまり認識されていない。LIFULLの調査によると、エイジズムを「知っている」と回答した人は、2000人中1割に満たなかった。

エイジズムに関する調査「あなたはエイジズムを知っていますか?」(LIFULL提供)

LIFULLが制作した「年齢の森」は、10代から80代までの生き方も考え方も違う11人が集い、年齢をテーマに対話するドキュメンタリー映像だ。

投げかけられるのは「高齢者は何歳から?」「年齢を重ねることについて」などの、年齢に関するさまざまな問い。たとえば後者の問いに対し「若いことはポジティブに捉えてもらえるから、年齢を重ねたくない」という人もいれば、「大人に見られたいからすごく嬉しい」と答える人もいたりと、年齢への多様な捉え方を知ることができる。

年齢とは「ただの生まれてどれくらい経ったかという時間」と答える女性(LIFULL提供)

映像の後半では、出演者が受けたことのあるエイジズム的体験を挙げていき、エイジズムへの理解を深めていく。「最年長であることを笑い話にされ寂しい気持ちになる」「若いんだから~しなさいという説教をよく耳にする」そうした身近な言動から、年齢の捉え方や人との接し方を見つめ直していく。

「高齢者は何歳から?」について対話する様子(LIFULL提供)

「一人ひとりの違いを認めることをLIFULLでは大切にしているので、映像内では一つの考え方に落とし込むということはしていません。視聴者の方にもそれぞれの価値観にそって自由に年齢を捉えていただきたいですし、映像を通して新たな気づきを提供できればいいなと思います」(吉岡さん)

年齢が「自分らしく生きること」の妨げになってほしくない

不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME'S(ライフル ホームズ)」を運営するLIFULLが、エイジズムをテーマにしたドキュメンタリー映像を制作したのは、なぜなのだろうか。

「私たちは、あらゆる人が自分らしく生きられる社会を実現するために、個人が抱える課題に光を当ててアクションを起こしています。そのなかで、年齢というラベリングは、人が自分らしく生きることを妨げる一つの原因になっていると考えました。実際、年齢を重ねることに対して否定的になっている現状があり、年齢を理由に夢や挑戦を諦めてしまったり、年齢による固定観念によって勝手に決めつけられたりすることは身の回りに多く存在します。年齢を重ねることはあらゆる人に関わること。自分が年をとったときに生きづらい社会にしないためにも、まずはエイジズムの存在を知ってもらいたいです」

撮影スタジオ。年齢が書かれた色とりどりのカードが吊り下げられている(LIFULL提供)

LIFULLは、全国各地の小中学校や高校で「年齢の森」の映像を使った出前授業も行っている。

「小学校で授業を行った時に、身の回りのエイジズムはどんなものがあるか話し合ってもらいました。そのなかで、高齢の方に席を譲ることはエイジズムに該当するかという話題が出たんです。『エイジズムではなく優しさ』と答える人もいれば、『健康な人にとってはエイジズムだ』と考える人もいたりと、私自身、改めて気づかされることもありました。授業前は『小学生には難しいテーマかな』と思っていたのですが、その考え自体がエイジズムだったなとハッとさせられましたね」

2022年7月に渋谷区立長谷戸小学校で行われた授業の様子(LIFULL提供)

「年齢の森」のなかで、吉岡さんが印象に残ったというシーンがある。夢になかなか踏み込めずにいる青年を、85歳の男性が勇気づける場面だ。その男性は60歳の時「やりたい一心で」ビッグバンドの世界に飛び込んだという。そんな彼の生き様や励ましの言葉に「遅すぎると悩んでいたけど、やる気次第でどうにでもなると思った」と青年は笑顔を見せた。

60歳からビッグバンドを始めたという当時85歳の男性(LIFULL提供)

「年齢というラベリングではなく、その人のありのままを知り、受け入れる。そして、自分らしく生きるとは何か、自分にとっての幸せは何かということに思いをはせる。あらゆる人にとって『年齢の森』がそんなきっかけになると嬉しいです」

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