秋田県出身のシンガーソングライター・大川ちさとさんは、高次脳機能障害という自らの障害を歌詞に乗せ、理解を深めてほしいと歌う。『普通が普通じゃなくなった 普通になりたくて頑張った』と、リアルな気持ちを歌詞にした歌は、同じように周囲から理解されず苦しんでいる人々の励みになっている。
小学校3年生で急性リンパ性白血病と、脳梗塞。そして高校2年生で高次脳機能障害と診断された大川さんは、病気を乗り越え現在に至るまで、どのように障害と向き合ってきたのだろうか。

8歳で白血病と脳梗塞

小学校3年生のころ、病室で(大川さん提供)

身体に異変を感じたのは、寝ているときの腕の痛みが最初だったという大川さん。小児科や整形外科でも分からなかった腕の痛みの原因は、急性リンパ性白血病によるものだと診断された。

抗がん剤治療で髪の毛は抜け、窓も開けることができない病室で「どうして私ばっかりこんな思いをしなくちゃいけないの」と何度も思った。ちいさな身体に打たれる骨髄注射は、痛くてつらくて怖かった。

(大川さん提供)

投薬治療をはじめた2か月後には、脳梗塞を併発。意識のない危険な状態から奇跡的に回復したが、当時の記憶はほとんど残っていないという。

覚えていることは、クラスのみんなが手紙を書いて毎日のように持ってきてくれたことや、それを励みに治療を頑張ったこと。「その手紙は今でも全部大切に取ってあるんです」と嬉しそうに大川さんは教えてくれた。

その後の治療は順調に進み、無事に退院した大川さんは中学、高校と進学をする。しかし次のような症状が大川さんと家族を苦しめ続けていた。

高校時代の大川さん。見た目は普通の女子高生だったと語る(大川さん提供)

気分の上がり下がりが激しく、一度落ち込むと部屋にこもり食事も取ることができない。家族の言うことが理解できない。急な予定の変更に対応できずパニックになる……。

母とともに心療内科へ行き、過去の病気と現在の症状を話すと「もしかしたら障害があるかもしれないから」と検査をすすめられた。そこで告げられたのは高次脳機能障害という聞きなれない病名だった。

高次脳機能障害は「見えない障害」

高次脳機能障害とは、ケガや病気による脳の損傷によって起こる障害のことをいう。記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害という、外見では分かりづらい障害ばかりだ。

病気やケガをした何年か後に発覚するケースが多いそうで、大川さんの場合も「脳梗塞のあとから人が変わったようだ」と母が担当医に訴えていたことがあったのだとか。

意外にも大川さんは「障害と知ったとき、ショックというより安心できた」と当時の心境を語る。

「人とうまく合わせることができず、怒られてばかりいたのは障害のせいでもあったんだと思えたから。授業にもついていけない、理解ができない。自分はずっとダメな人間なんだって思っていました」

障害に悩んだ学生時代(大川さん提供)

「障害という原因があったことで、気持ちが楽になったんです。だから私の場合はわりとすぐに気持ちを切り替えることができました」

大川さんは障害と向き合うことに前向きになれた一方で、まわりの理解を得られることの難しさに悩んでいくようになっていったという。

分かってもらえない、だから歌で伝えたい

記憶障害を持つ大川さんは、人より物忘れが激しい。しかし「物忘れなんて誰にでもあることだ。甘えるな」、「そんなの障害じゃない」と言われ、理解されないことが多かった。大川さんがパニックのような症状を起こした時には「あの子は演技をしてる。相手にしないほうがいい」と言われていたことも。

悔しくて言い返してやろうかとも思ったけれど、どう言っても分かってもらえない現実に大川さんは耐えるしかなかった。そんな風に気持ちが沈んだとき、大好きな音楽で自分を癒してきたのだという。

高校1年生のときに独学ではじめたギターは、嫌なことを忘れることができた。その後は作詞や作曲も手がけるようになり、本格的に音楽の道を目指すようになっていく。

やり場のない気持ちを音楽にぶつけてきた大川さんは、大好きな歌で自分を表現し、同じように苦しんでいる人を助けたいと思うようになったのだという。

現在の大川さんは、ライブや講演会を中心に活動を行い、秋田県内のCMソングを歌うなど活躍の場を広げている。

「ひとりでも心に響いてくれたら」と歌う(大川さん提供)

「病気や障害を悲観的に捉えてほしくはない。そして、そう感じてしまう当事者が少しでも前向きになってもらえるよう活動していきたいです」と力強く話してくれた。

2021年には結婚をして一児の母となった大川さん。出産と子育てにも大きな不安があったというが、守るべき存在がいることで大きく成長できたと教えてくれた。

大切な家族と応援してくれるファンのために、これからも多くの人に歌を届ける。

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