香川県丸亀市の藤井敏克さんは、アスパラガス農家。就農2年目で所有するハウスは、54棟にも上る。日本一狭い県で、発展する農業の形を模索する30歳に話を聞いた。

アスパラガスとの出会い

藤井さんは2018年に就農するまで、東京で証券会社で営業として3年、ITベンチャーで2年働いていた。その頃の自分を“社畜”と言いつつ、それなりに前向きに働いていた。だが、いつもつきまとう思いがあった。この商品は果たしていいものなのかそうではないのかわからないまま売っている、ジレンマだった。

藤井さんが大学を出て東京の証券会社に就職した年、故郷の香川県丸亀市では父が農業を始めていた。コンビニエンスストアを経営していたが、そろそろ楽しめる仕事がしたいと選んだのが農業だった。父が選んだのは、その頃香川県で栽培面積を増やしていた「さぬきのめざめ」と名付けられた独自品種のグリーンアスパラガス。50cmまで伸びても繊維が柔らかいのが特徴だった。

伸びても穂先が開かず、太さ、長さが楽しめる品種「さぬきのめざめ」

父は造り酒屋の5代目だった。造り酒屋は廃業したが、代々継がれてきたものづくり精神を、農業で復活させた。

東京から実家に帰るたび、アスパラガスを作る父は楽しそうだった。自分で地元スーパーの産直コーナーに持ち込み、「おいしかった、ありがとう」と客の声を聞いていた。自分がこだわって作ったもので客に喜ばれる、仕事に心からやりがいを感じることができる。藤井さんが求めていたものがそこにあった。

父も息子もアスパラガス農家、別のハウスでアスパラガスを育てている

師匠は香川きってのアスパラガス名人

営業には自信がある。身に付けるべきは技術だ。栽培を学ぶインターン先は父や周りの先輩農家に相談し、同じ丸亀市の眞鍋倫明さんが営む、真鍋牧場に決まった。眞鍋さんはアスパラガス栽培歴28年、東京、大阪のレストランでも人気の農家だった。ひっきりなしに客の訪れる眞鍋牧場では、技術にとどまらず、バイヤーなど人とのつながりも増やすことができた。

「限りなき味への追求」がモットーの師匠、真鍋倫明さんと

アスパラガスは最初に株を植えてから、収穫まで1年かかる。父のアドバイスもあって、藤井さんはまだインターンの時期、起業する前年から自分のハウスを建て、株を植えた。

そして、2020年3月にインターンを終え、4月に会社を設立。1年前の定植が功を奏して、独立と同時にアスパラガスを出荷できたのだ。用意周到だった上に、友人との共同経営が農地面積拡大のスピードを何倍にも加速した。高校時代の同級生だった友人は、青果物の通販会社で働いた経験から、農業への共感の強い同志になった。

地域に根を張った農業をするために

めざめという社名は、アスパラガスの品種名からもらったが、藤井さんは、アスパラガス専業農家ではない。アスパラガス栽培の仕事がない時期には露地栽培でナスとほうれん草を育てる。社員を抱えるための経営方針からだ。サラリーマン並みの月給、ボーナス、有給休暇が出せないと農業経営は続けられないと藤井さんは語る。その為に、農地を拡大。30歳で54棟、あわせて1haの栽培面積を持つに至った。

香川でも3色のアスパラガスを作る農家は貴重

藤井さんの目から見た香川の農地は決して小さくないのかもしれない。

「香川の農業をめざめさせる」
4月、香川のさぬきのめざめは、1年で1番の収穫期を迎える。

昨年、社員になった冨田さんは22歳、趣味はサーフィン

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