アーティストが岡山県奈義町に一定期間滞在して作品制作を行う、「アーティスト・イン・レジデンス・ナギ」。この事業の第2弾として、2月5日から3月13日まで公開制作を行っているのが、彫刻家の絹谷幸太さん。現在、絹谷さんは奈義町大池の横にあるB&G奈義海洋センター艇庫で、2種類の石を使って作品制作をしています。

「石の色が刻々と変わっていきます。白い花崗岩は朝日を浴びるとピンク色に、日中は真っ白に輝き、 夕日には黄金色に染まります。自然の中で制作するということは、自然からさまざまなメッセージをもらえます。町の空気を吸って、人々との束の間の出会いを大切しながら、自然環境の中で思考していくのが創作活動だと思います」

滞在中は、雪が舞い散る中で制作活動をすることも。 「野外での制作はとても寒いですけど、楽しいです。時々、池から野鳥も応援してくれているような気がしています」と絹谷さん。

彫刻に恋した高校3年生の秋

「柳原先生のアトリエから自宅に帰る時、薄暗くなった電車の窓ガラスに映る自分の顔が紅くほてっていました。その時に、きっと彫刻に恋をしたのだと思います」

彫刻家・柳原義達さん(1940-2004)との出会いが彫刻家への道へと導いた。昨年開催された平塚市美術館にて撮影。(提供:絹谷さん)

絹谷さんと彫刻が出会うきっかけは、高校3年生の夏休みの終わり、父親に勧められた彫刻家・柳原義達さんの展覧会でした。

「美術のすばらしさと彫刻の厳しさを約3時間お話ししてくださいました。まるで哲学者か詩人のような柳原先生のお人柄にも惹かれました」

柳原さんとの出会いからまもなく、絹谷さんは彫刻の道に進むことを決心し、デッサンの練習に明け暮れました。

石の核心に向き合う

大学に入ってから、絹谷さんが彫刻の素材として選んだのは石でした。

「先生は腕を伸ばしハンマーを頭の上まで振り上げて、ノミ先を石の中心に向けて思い切り叩けと。始めたばかりの頃はハンマーがノミに当たらず、左手が野球のグローブみたいに腫れあがり、痛くて辛くて、地獄のような時間でした(笑)」

アーティスト・イン・レジデンス・ナギでは、兵庫県産本御影石を使っての作品作りを行っている。大学時代の指導教官の土谷さんから「石の核心との対話」を学んだ。

ノミ先を石の中心に向けると、思考もやがて石の中に伝わっていく。表面上の美しさを追いかけるのではなく、その石がもっている核心に向き合うことの大切さを学び、何千年、何億年も存在してきた石と、どう向き合うべきか、石の美しい世界に絹谷さんは惹きこまれていきました。

ゴルフクラブをノミとハンマーに持ち替えて

幼い頃からゴルフを始め、高校でもゴルフ部に入り、プロゴルファーになることも夢見ていたいう絹谷さん。芸術家を目指すまで、デッサンなどしたこともありませんでした。

「周囲は画家・絹谷幸二の息子という目で見ます。しかし、父からは何一つ教わっていません。高校生までスポーツしかしていなかったので、大学入試に何年もかけた人たちと比べ、私は大変未熟でした。彫刻を志してからは、ゴルフクラブを握りませんでした」

学生時代から使用している石彫道具。直径2.6cmのノミの刃の反対側、頭の部分をめがけ、頭の上まで振り上げた約1.3kgのハンマーを打撃して石を彫る

コースのレイアウト、グリーンの傾斜や芝目、風や雨などの自然環境で一打が変化するゴルフと、石の来歴による石の割れやすい方向やのみの角度・力の加減などで彫りが変わってくる石彫は、少し似ているところがあると絹谷さんは言います。

石からのメッセージを伝える

最初の留学先のドイツで出会った青色(ソーダーライト)花崗岩の美しさに惹かれ、次の留学先をその石の産地・ブラジルに決めました。

「青い石を彫っていると、その破片が青い絨毯のように私を取り囲み、まるで海の上で泳いでいるような、あるいは宇宙を漂っているような錯覚になります。青い地球・ガイアに意識を向けるきっかけになった石です」

作品「Brasil 2004-No.2」 42x45x42cm ブラジル産青色花崗岩(提供:絹谷さん)

絹谷さんがブラジル留学をした2003年は、イラク戦争が3月にはじまり、世界各地でテロが相次いで起き、情勢が大変不安定な時でした。

「138億光年ともいわれる広大な宇宙の広がりの中で、生命が存続できる唯一の星は、青い色をした地球だけです。かけがえのない地球上で、動植物を絶滅の危機に追いやり、食べ物や土地を奪い合って戦争を繰り返すのは、とても悲しいことだと思います」

以来、絹谷さんは、平和のことや地球のことを深く考えるようになり、石が人類に語りかけるメッセージや自然から学んだことを造形化して世の中の人に伝えていくことが、使命だと思うようになったそうです。

ブラジル・セアラ州産の赤色花崗岩「レッド・ドラゴン」の採石場(提供:絹谷さん) 研究機関の調査の結果、5億年前と2億年前のものが共存している石であることが判明。黒い模様は2億年前に石の亀裂が入り、地下の熱水が入り込んでできたもの。 「自然は一度切れた関係やこじれたものを修復することができる」と絹谷さん。

本物の自然から創造と知恵を授かる

絹谷さんが石の彫刻を選んだのは、幼少期、石造りの教会や遺跡や彫刻を遊び場として、現地の子どもたちと過ごしてきたイタリアでの経験が、少なからず影響しています。

「広場の噴水彫刻によじ登り、水面に映りこむ自分の容姿を、雲に乗って空を自由に駆け巡る孫悟空に重ね合わせていました。彫刻の道に進だのも、幼少期の頃、石と触れた体験が影響しています。子どもの頃に、無心になって思いっきり遊ぶことは大事なんだなと身をもって感じています」

幼少期、お父さんの仕事の関係で過ごしたイタリアでの一枚。写真右下が絹谷さん(提供:絹谷さん)

そのような実体験から生まれた絹谷さんの「創知彫刻 」。単に作品を見るだけでなく、手で触れたり、彫刻に乗ったり、軽く叩いて音を聞いたり……五感を使って石を理解し、対話ができる彫刻を絹谷さんは「創知彫刻」と名付けました。

作品「ブラジル日本移民百周年記念モニュメント」 ブラジル・サンパウロ市カルモ公園に設置された作品によじのぼって遊ぶ子どもたち(提供:絹谷さん)

困難がある今こそ

戦争やテロ、環境破壊などさまざまな困難がある今こそ、絹谷さんが彫刻を通して伝えたいことは「自然を愛する心」と「心を美しく保つこと」が何よりも大切だということ。

作品「スライダーⅠ・Ⅱ」2014年(提供:絹谷さん) 五感のすべてを使って石と対話できる「創知彫刻」が作品作りのテーマ。「創知」という言葉には、「作品を通じて創造と知恵を授かるように」という思いが込められている。

「大自然の中で美しい心を育むことは大切です。次世代の子どもたちには、石の造形を入り口にして、無心になって石に触れ戯れて、自然からのメッセージを五感で感じ取ってもらえたら嬉しいです。これから何をやるべきか、何を止めるべきかおのずと判断できる社会人になってほしいと願っています」

作品「果てしない時空からの贈りもの」と遊ぶ子ども。絹谷さんは作品には触れてほしいと思っているそう(提供:絹谷さん)

絹谷さんにとって、石は近づきたいけど近づけない神のような尊い存在。石の核心と対話を重ねながら、地球からのメッセージを受け取り、彫刻を通じてそのメッセージを私たちに伝えようとしています。

「わずか数十年しか生きてない私が、何千万年、何億年と地球を見続けてきた石とどのように向き合えばいいのだろうか? この先、人類が生きていくためのすべての答えは自然の中にあります」

ブラジル産赤色花崗岩「レッド・ドラゴン」を使った作品は、自由によじ登ることができる滑り台になる。3月12日には絹谷さんのワークショップもあり、その後、奈義町現代美術館前に設置される予定。

【絹谷幸太】
彫刻家。東京都生まれ。 東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程彫刻専攻修了。サンパウロ大学院(USP-ECA)post-doc修了。文化庁新進芸術家海外留学制度1年派遣(研修地:ブラジル)。幼少期をイタリア・ローマとヴェネツィアで過ごす。大学卒業後は国内外での制作活動や地質調査を行い、彫刻家としてのキャリアの範囲を世界に広げる。個展・グループ展を国内外で多数開催。パブリックコレクションも多数収蔵。

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