2019年、事故で“2ヶ月間意識不明”だった高校生。→医師「一生寝たきりになる可能性が高い」7年後、現在の様子と思いに迫る

2019年、事故で“2ヶ月間意識不明”だった高校生。→医師「一生寝たきりになる可能性が高い」7年後、現在の様子と思いに迫る
事故で高次脳機能障害に(@sabochandesuyoさんより提供)

2019年10月、当時16歳で高校生だった@sabochandesuyoさんは、交通事故に遭い意識不明となりました。
医師からは「意識の回復が難しい状態、または一生寝たきりになる可能性が高い」と告げられていましたが、事故から2ヶ月後、奇跡的に意識が回復します。

しかしその後、高次脳機能障害や左半身麻痺などの後遺症と向き合う日々が始まりました。
そんな経験をしたからこそ、今、伝えたい思いがあります。

今回、@sabochandesuyoさんとお母さんに話を聞きました。

高次脳機能障害の影響で…

事故から2ヶ月後に目を覚ました@sabochandesuyoさんには、高次脳機能障害の影響で、視覚過敏や聴覚過敏、食欲や感情のコントロールの難しさ、幼い言動、声が出ないなどの症状がみられました。

2020年3月、17歳で退院。その後は事故の影響による学力低下もあり高校を退学し、リハビリ中心の生活を送ります。
また、高次脳機能障害の影響で、事故から約2年間の記憶が曖昧なのだとか。

事故で高次脳機能障害に(@sabochandesuyoさんより提供)

お母さんによると、当時は自分の障がいを理解・認識しづらい「病識欠如」の状態もあったそうです。言語障害があるにもかかわらず、症状の影響からテレホンアポインターのアルバイトに応募したこともあり、お母さんが難しいことを説明しても、なかなか理解できなかったといいます。

さらに記憶障害もあり、昨日食べたものや数分前に聞いた話を忘れてしまうことも。複数のことを同時に行うのが難しくなり、ご飯の食べ方や服の着方など、事故前には当たり前にできていたことにも支障が出ていました。

入院中の様子(@sabochandesuyoさんより提供)

左半身に麻痺はあるものの、高次脳機能障害は見た目では分かりにくく、さまざまな症状の影響で対人関係にも悩む日々が続いていました。

その後、2021年4月、18歳で服飾の専門学校へ入学。学校側には、高次脳機能障害や左半身麻痺について説明し、理解を得たうえでの入学でした。

しかし、記憶障害の影響で授業内容を覚えることが難しく、感情のコントロールもうまくできなかったため、クラスメイトとの関係にも悩むように。さらに、人とのコミュニケーションにも戸惑い、次第に学校へ通えなくなっていきました。

2021年8月には通院リハビリが終了。医師からは「これ以上、病院でできることはありません。これからは、生きていくことや社会復帰への道そのものがリハビリになります」と告げられました。

@sabochandesuyoさん親子にとって、この頃が人生で最もつらく苦しい時期でした。

家族が信じ続けた“回復への道”

@sabochandesuyoさんの両親は、当時「意識の回復が難しい状態、または一生寝たきりになる可能性が高い」と告げられ、目の前の現実と向き合うことに必死だった振り返ります。どんな状況でも受け止められるよう、自分たちの気持ちを奮い立たせながら、心の準備をしていました。

そして、意識不明の状態から目覚めたときは、嬉しさと同時に「ここからが勝負だ」という思いだったそうです。少しでも事故前の状態に近づけるよう、できることはすべてやろうと決意したといいます。

「もう一度、息子の笑顔が見られるなら何でもできる」
どんなに小さな可能性でも信じ、支え続けようとしていた当時の思いを語ってくれました。

人生を変えたボクシングとの出会い

2021年10月、@sabochandesuyoさんは人生の転機となる出会いを経験します。知人を通じて、元プロボクサーの細川さんを紹介してもらったのです。

当時は不安感が強く、人を信用したり、人の話に耳を傾けたりすることも難しい状態でした。しかし、細川さんの言葉に心を動かされ、ボクシングを通じたリハビリに挑戦することを決意。

また、この頃から少しずつ回復の兆しも見られるようになり、自身に記憶障害があることを自覚するようになります。

ボクシングとの出会い(@sabochandesuyoさんより提供)

半年ほど経つと、感覚のなかった左腕に筋肉痛を感じたり、体温調節が難しかった体に汗をかけるようになったりと、少しずつ身体にも変化が現れました。そうした変化が喜びや自信につながり、笑顔も増えていったとのこと。

現在も、記憶が抜け落ちたり、突然の出来事への対応が難しかったりと、高次脳機能障害の症状は残っています。それでも、お母さんは「徐々に過去の自分を取り戻しているように思います」と話していました。

後遺症を理解し始めてからの変化

@sabochandesuyoさんは、少しずつ回復できた理由について「自分の後遺症を理解できるようになったことが大きかった」と明かします。

変化した自分を受け入れ、少しでも改善するために、苦手なことにも積極的に挑戦。言語障害があるなかでも、入院中に描いた絵をTシャツにしてマルシェで販売したり、歌に挑戦したりと、自分から行動を続けてきました。

受け入れたことで変化(@sabochandesuyoさんより提供)

事故当初は強いマイナス思考だったものの、次第に「できないなら、できるようになるまで続ければいい」という考え方へ変化していったといいます。

何度も挫折を経験しながらも、諦めずに前を向き続けてきた@sabochandesuyoさん。
「同じような境遇の人たちの希望になりたいです。つらくなることもあると思いますが、心を強く持ってほしいです。一緒に乗り越えましょう」とメッセージを送ってくれました。

“見えない障がい”を知ってほしい

@sabochandesuyoさんは「“目に見えない障がい”を知ってほしい」と発信を続けています。SNSでは自身の回復の様子を伝えながら、1人でも多くの人が前向きな一歩を踏み出すきっかけや、障がいへの理解を深めるきっかけになればと活動しています。

自身の体験を語り、歌も披露できるような講演会やイベントなどを開催できるようになることが今後の目標です。

現在の様子(@sabochandesuyoさんより提供)

また、アパレル事業の収益の一部を活用し、障がいへの理解を深める体験型イベントの開催も計画しています。2026年5月からは、収益の5%を来年開催予定の障がい理解イベントに充てる取り組みも本格的にスタートしました。

販売しているTシャツには、「HBD deepen understand(高次脳機能障害への理解を深める)」や「PWD deepen understand(障がいのある人への理解を深める)」というメッセージをデザインとして取り入れています。

交通事故によって脳に障がいを負い、“目に見えない障がい”と向き合ってきた経験から、「まずは障がいについて知ってもらうことが大切」だと考えているそうです。

「知らないことは理解できない。でも、知ることで優しくなれたり、支え合えたりすると思います」と@sabochandesuyoさん。洋服を単に着るものではなく、障がいについて知るきっかけとして届けたいと話します。

開催を予定しているイベントでは、アイマスクを着けて文字を書いたり歩いたりする「視覚障がい体験」や、片手に重りを付けて食事をしたり、足に器具を装着して歩いたりする「片麻痺体験」などを通して、障がいを身近に知るきっかけを作りたいと考えています。

見た目では分かりにくい障がいだからこそ、周囲に理解されにくい場面もあるのかもしれません。
@sabochandesuyoさんの発信が、障がいについて知るきっかけとなり、理解を深める一助になっていきそうです。

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