幼いころから、自身の身体にあるシミやイボのような症状に疑問を抱いていた大河内愛美さん。見た目について心ない言葉をかけられることもありました。
その後、高校1年生のときに、皮膚や神経、骨などに影響を及ぼす遺伝性疾患「レックリングハウゼン病(神経線維腫症1型/NF1)」と診断されます。
学生時代のつらい経験を乗り越え、現在はガラス作家として活動しながら、さまざまな挑戦を続けている大河内さん。今回は、これまでの歩みや現在の思いについて話を聞きました。
高校1年生時に診断された「レックリングハウゼン病」
大河内さんは、幼少期から全身に淡い茶色のあざ(カフェオレ斑)や、皮膚や神経にできる腫瘍(神経線維腫)が数多くあったと振り返ります。自身の身体に疑問を抱きながらも、両親からは「生まれつきあるものだから気にしなくていい」と言われたそうです。
しかし、小中学生のころには心ない言葉をかけられたり、いじめを受けたりすることもあり、つらい日々を過ごしていました。
高校1年生で自分の携帯を持つようになった大河内さんは、カフェオレ斑について検索。すると「難病」「レックリングハウゼン病」という言葉が表示され、掲載されていた症状や写真が自身の状態と重なったといいます。
そこで母親に相談し、大学病院の皮膚科を受診した結果、遺伝性疾患「レックリングハウゼン病(神経線維腫症1型/NF1)」と診断されました。
医師からは、命に関わる病気ではないことや、カフェオレ斑はレーザー治療で薄くできる可能性がある一方、色素が抜けて逆に目立つ場合もあることを説明されます。また、神経線維腫も手術で取り除けるものの、数が多く増えていくため、すべてを取り切るのは難しいと伝えられました。

診察の最後には「気になる症状があれば、また来てください」と伝えられたそうです。
それまで「どうして自分の身体だけ違うのだろう」と不安や疑問を抱えていた大河内さん。病名がわかったことで、少し安心した気持ちもあったと振り返ります。
現在も続く治療と定期検査
大河内さんは現在も、カフェオレ斑や神経線維腫と向き合いながら生活しています。神経線維腫は少しずつ増え、大きくなってきており、これまでに摘出した腫瘍は1000個以上。それでも、全身にはまだ数え切れないほど残っているそうです。

また、レックリングハウゼン病は個人差が大きい一方で、合併症が見つかることも。大河内さんは2019年末、希少がんの一種である「悪性末梢神経鞘腫瘍」が判明し、2020年3月に手術を受けて背骨にボルトを入れました。
手術後は放射線治療も受け、背骨が安定するまでの約1年半、24時間コルセットを着けて生活していたとのこと。外せるのはシャワーのときだけでした。
こうした経験から、大河内さんは病気そのものだけでなく、合併症にも注意が必要だと感じており、現在も複数の診療科で定期受診を続けています。
心の支えになった存在
大河内さんにとって、特につらかったのは小中学生時代のいじめでした。心ない言葉をかけられたり、嫌がらせを受けたりする日々が続き「出口の見えない真っ暗な長いトンネルに、ひとりでいるような感覚だった」と振り返ります。
そんな中、心の支えになったものが二つありました。
一つ目は、ガラス作家という夢です。小学校6年生のときにテレビでガラス作家を知り、中学1年生で吹きガラスを体験したことで、その世界にさらに魅了されていきました。その後は、ガラスについて学べる学校を調べ、進学したい大学も決定。目標ができたことで、前向きに頑張ることができました。
二つ目は、中学3年生のときに好きなタレントさんができたことでした。
当時は、将来の夢が決まっていても、いじめがさらに深刻になり、気持ちが折れそうになっていた時期。そんな中、そのタレントさんの存在が支えになりました。
「有名なガラス作家になったら、いつか会えるかもしれない」
そんな思いが励みとなり、大河内さんはつらい時期を乗り越えることができたと語っていました。

発信をきっかけに病気を早期発見
大学卒業後、大河内さんはガラス作家として本格的に活動を開始。
その後、あるきっかけで憧れていたタレントさんに自身の作品をプレゼントする機会があったといいます。夢が叶ったことをきっかけに「自分の病気についても発信してみよう」と思い、ブログで身体の写真とともに、レックリングハウゼン病について発信するようになりました。
すると、ブログを通じて患者会代表の方とつながり、実際に会う機会が訪れます。その際「きちんと受診している?」と聞かれ、高校1年生以降、一度も定期受診をしていなかったことを伝えました。
その言葉をきっかけに検査を受けたところ、悪性末梢神経鞘腫瘍が判明。早期発見につながり、大きな転機になったと振り返ります。
タレントさんとの出会いをきっかけに発信を始めたことで、人とのつながりが広がり、病気の早期発見にもつながったのでした。

「自分が動けば世界は変わる」
大河内さんが、同じような悩みを抱える人たちへ伝えたいのは「自分が動けば世界は変わる」ということです。
「誰かの助けを待つだけではなく、怖くても自分から一歩踏み出さないと周りは変わらないと思います。周りに受け入れてほしいなら、まずは自分自身を受け入れることも大切なのかなと思います」
また、病気と向き合ううえで、定期受診の大切さも伝えたいと話します。合併症の早期発見につながるだけでなく、自分の状態を知ることで安心にもつながるからです。
今後は、作品の展示販売の機会を増やしたいと考えている大河内さん。2024年に出版した電子書籍のエッセイも、より多くの人に届けたいといいます。
さらに今後は「自分らしく生きる」をテーマに、講演活動や学校での授業にも挑戦していきたいと話します。そこで伝えたいのは、病気そのものだけではなく、どう向き合ってきたのかという経験や、困難やハンディがあっても自分らしく輝けるということです。
「レックリングハウゼン病について、実名・顔出しで発信しているガラス作家は、日本で私だけだと思っています」
そう話す大河内さんは、これからも自身の経験や思いを発信し続けていきます。
これまで多くの困難を経験しながらも、病気と向き合い、自分らしく活動を続けている大河内さん。その前向きな姿や発信は、同じ悩みを抱える人たちにとって、そっと背中を押すような存在になっているのかもしれません。

