高熱を出した息子に違和感。その後、病院で…医師「90%寝たきりか後遺症が残る」まさかの診断を受ける。 母に話を聞いた

高熱を出した息子に違和感。その後、病院で…医師「90%寝たきりか後遺症が残る」まさかの診断を受ける。 母に話を聞いた
入院中(@ruumindさんより提供)

2026年6月、当時3歳11ヶ月だった@ruumindさんの息子さんが、突然の病に襲われました。
41℃の高熱が5日間続き、その後、けいれんを繰り返すようになったのです。

救急搬送された息子さんは、医師から「90%寝たきりか後遺症が残る」と告げられました。そんな息子さんが、現在どのような姿にまで回復したのでしょうか。

集中治療室で約1ヶ月半、眠り続けた息子さん

救急車で搬送された息子さんは、そのまま入院することになりました。しかし、病院でもけいれんは止まらず、長いときには15分を超え、1日に何十回も繰り返す状態でした。

けいれんが起きるたびに鎮静剤を使い、止まらなければさらに治療を続ける日々。@ruumindさんは「幼い息子がこれほど苦しい思いをしなければならないことが、ただただつらかった…」と振り返ります。

その後、けいれんを抑えるため、集中治療室で薬によって脳の活動を抑え、人工呼吸器を使用して深く眠らせながら治療することになりました。

初めてけいれんを起こしてから約1週間後、@ruumindさんは医師から、息子さんが100万人に1人ともいわれる「難治頻回部分発作重積型急性脳炎」と診断されたことを告げられました。

医師からは、非常にまれで治療が難しく、薬を使ってもけいれんを止められないことがあり、脳に深刻なダメージが残る可能性があると説明を受けたそうです。命を救うための治療を乗り越えても、重い後遺症によって歩いたり話したりすることが難しくなり、日常生活に介助が必要になる場合や、てんかんが残って長期的な治療が必要になる場合もあるといいます。

その説明に、@ruumindさんは「ついこの間まで普通に走り回って、話して笑っていた息子が、もう自分の足で歩くことも、自分の言葉で話すこともできなくなるかもしれない。まだ4歳にもなっていない子どもの未来が、突然どうなるかわからなくなってしまいました…」と、目の前が真っ暗になりました。

再び歩いたり、話したりできるようになる未来さえ想像することが難しく、家族にとって先の見えない恐怖と絶望を感じる日々が続きました。

悪化していく病状(@ruumindさんより提供)

再び歩き、自分の言葉で話せるまでに回復

専門的な治療が必要となり、息子さんは@ruumindさんの自宅から片道約3時間かかる病院へ転院しました。集中治療室で眠り続ける息子さんのそばにいたいという思いから、家族や親族で協力し、交代しながら通い続けたそうです。

さらに、脳炎の後には、自分の意思とは関係なく体が動いてしまい、歯を強く噛み締める状態が続きました。その影響で、上の前歯4本と下の前歯4本、合わせて8本を抜くことになります。

@ruumindさん「この現実は本当に衝撃的で、次々と起こる出来事が、この病気の深刻さを思い知らされるものでした。何をしてあげればいいのかもわからず、代わってあげることもできない。ただ声をかけ、手を握り、息子の回復を願うことしかできませんでした」と語ります。

「息子が頑張っているのに、私たちが諦めるわけにはいかない」という思いで、今日を乗り越えることだけを考えながら、毎日を過ごしました。

その後、約1ヶ月半眠り続けた息子さんは、少しずつ回復して目を覚ましました。しかし、目覚めてすぐに元の状態に戻ったわけではありません。視点が合わず、動くものを目で追うこともできなかったとのこと。

首も座っておらず、自分の体を動かすこともできませんでした。それまで当たり前にできていたことが何一つできなくなり、まるで0歳の赤ちゃんに戻ってしまったかのようだったと@ruumindさん。

回復期に撮影したMRIでは、脳炎によるダメージが強く残り、脳の萎縮も見られました。それでも、息子さんはリハビリを重ねるなかで、できなかったことを一つずつできるようになっていきました。

「寝たきりになるかもしれない」と告げられていた息子さんは、再び自分の足で歩き、自分の言葉で話せるまでに回復。

@ruumindさんは「信じられないほど大きな回復で、息子自身の頑張りと支えてくださった医療関係者の方々には、感謝してもしきれません」と話します。

入院生活は約4ヶ月に及びました。退院後もすべてが元に戻ったわけではなく、現在もてんかんの治療を続けているとのこと。また、ときどき発作が起こるほか、急に怒ったり、人を叩いたり蹴ったり、物を投げたりすることもあり、じっとしていることが難しいなど、脳炎の後遺症と考えられる行動の変化もあると明かします。

回復の一方で、今も困難が続いており、簡単に「元に戻った」とは言えないのが現実でした。それでも、「約4ヶ月という、あの先の見えない日々を家族で乗り越えてきたことは、私たちにとって忘れることのできない経験です」と振り返ります。

入院中(@ruumindさんより提供)

離れ離れになっていた家族で、一緒に旅行をしたい

@ruumindさんは、息子さんの病名を告げられた日から、毎日のようにインターネットで情報を検索していました。しかし、情報はほとんど見つからず、目に入るのは後遺症や予後に関するものばかり。

これから息子さんがどうなってしまうのか、先が見えない恐怖と不安でいっぱいでした。

だからこそ、息子さんの闘病記録を発信することで、「難治頻回部分発作重積型急性脳炎」という病気を一人でも多くの人に知ってもらいたいと考えています。そして、同じ病気と闘う家族にも、「ここまで回復できる可能性がある」という希望を届けたいといいます。

もちろん、すべてが元に戻ったわけではありません。今も後遺症や困難と向き合いながら生活しているからこそ、日々の苦労や現実もありのままに伝えていきたいと話します。

同じように子どもの病気と向き合う家族には、「先が見えない不安や、周りに理解してもらえないつらさを抱えているのは、自分たちだけではない」ということも伝えたいそうです。

今後、@ruumindさんが挑戦したいのは、家族みんなで旅行をすること。

「闘病中、離れ離れになっていた家族が、またみんなそろって笑い合える時間を取り戻したい。頑張った息子と、あのつらい日々を一緒に乗り越えてきたみんなで、今度は楽しい思い出を作りたい。それが私たち家族のこれからの目標です」と語りました。

「難治頻回部分発作重積型急性脳炎」は、何らかの感染症をきっかけに発症するといわれています。ただし、感染症にかかっている段階では脳炎とわからないことも多く、@ruumindさんの息子さんも、発熱していた時点では原因がはっきりせず、感染症が落ち着いた後にけいれんを繰り返すようになりました。

@ruumindさんの投稿には、「勇気をありがとうございます」「頑張れ」といった声が寄せられています。

先の見えない不安のなかで、家族とともに困難を乗り越えてきた@ruumindさん。闘病の記録を発信し続けるその思いが、同じ病気と向き合う家族にとって、希望や支えの一つになるのかもしれません。

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