京都府出身の馬醫光明さんは、高校時代のオーストラリア留学が大きな転機となり、グローバルな舞台で働きたいと大手総合電機メーカーに就職した。そして、台湾駐在やマレーシア拠点の管理業務全般の責任者を務め、テレビ用液晶パネル事業の立ち上げなどに携わってきた。そんな中、転機が訪れる。

「妻が第2子を出産しました。そのとき、高知で子育てをしたいと強く希望していました。悩んだ結果、退職して妻の故郷に移住することにしました」
当時、勤務先は経営状況が厳しく、リストラが相次ぐ状況だった。馬醫さんもたくさんの部下をリストラせざるを得なかった。
「精神的にも参っていましたね。残業もめちゃくちゃ多い、休みもあまりない、責任ばかり取らされる。仕事が面白くありませんでした。海外経験が長かったので、日本国内なら同じだと思ってましたので地方移住へのハードルはありませんでしたね」
そこで転職先に選んだのは、土佐市の老舗中小企業だった。管理部門全般の責任者として取締役に就任した馬醫さんは、よそ者に対する社内の反発もあったが、工場内のゴミ拾いから初め、徐々に信頼関係を築いていった。
試行錯誤の先に見えた、新しい採用の形
そうしてさまざまな改革に取り組んだが、特に力を入れたのが採用だった。まず行ったのは50代の役職定年者を狙った採用だ。経験豊富だが、勤務地や高収入へのこだわりより後進の指導や貢献意欲が高いため、穴場だった。次々と優秀な人材を高知へ招いた。
「あとはやっぱりLINE採用かな。マーケティングの視点を取り入れてます。最初の接点から面接までをLINEを活用して完全自動化しました。また、YouTube動画をLINEから配信し、ちょっと興味を持ってLINEをフォローした求職者に対し興味喚起。応募者は4倍になりました」

YouTube動画では、会社説明だけでなく、高知の魅力や都市圏との暮らしの比較などもわかりやすく説明している。他にも、外国人採用も積極的で、会社説明会から全て英語で対応している。
もちろん常に成功というわけではない。果敢な挑戦の裏には失敗もある。Instagramアカウントの運用は、機密情報管理において乗り越えられない問題があり途中で断念。
「ドライブスルー面接ってのもやりました。コロナでさまざまなものがドライブスルーになっていたので流行に乗ろうと。ドライブスルーみたいな窓口でいきなり履歴書を渡してもらって面接するというものです。話題性も狙いましたが、応募者0でした。人生かかっているのでしっかり会社の説明を聞きたいと言われて、そりゃそうやなと(笑)」
馬醫さんのさまざまな採用手法に着目した出版社により、その取り組みは2冊の本になっている。地方中小企業には採用活動は難しいという常識を見事に打ち破った。
移住13年、仕事も暮らしも充実する現在
今年、高知に移住して13年の節目の年を迎えた。前職時代よりも、家族の時間は明らかに増えたという。子どもの塾の送り迎えをしたり、週末は家族で食事したり。馬醫さんにとっての高知の魅力とはなんだろうか。

「やはり職場と自宅が近いことはいいですね。満員電車もなく、車で出勤というのも快適です。よく銭湯やサウナに行くんですが、都市部では、小さいところにぎゅうぎゅうになって、みんな入っている。こっちは空いていて広々としていて開放感がある。自然が身近にあるのもいいですね。一昨年から趣味で家庭菜園も始めましたが、自分が作ったものが常に食卓にのるというのもいいですよ」
2025年5月からは、独立してSANBRAIN会計事務所と株式会社NOBASEを運営されており、12月には3冊目の著書『稼ぐ数字』も出版。高知県教育委員会や県内さまざまな企業の研修を担当されるなど、高知での活躍の幅をますます広げる馬醫さんに、今後の展望を伺った。

「今後は、SANBRAIN会計事務所と株式会社NOBASE、それぞれの強みを活かしながら、“数字で意思決定できる経営者”を育てる仕組みづくりに力を入れていきたいと考えています。単なる顧問やアドバイザーではなく、経営者が迷ったときに最初に相談される存在、いわば“社外CFO・経営参謀”として、企業の成長に長期的に関わっていく。高知発で、全国に通用する経営モデルを一緒につくっていくことが、これからの挑戦です」
少子高齢化に伴う人口減少で、経済面で厳しいニュースが少なくない地方において、馬醫さんのストーリーは希望を感じさせるエピソードといえる。新たな地方のロールモデルとして、今後の活躍を願っている。

