穏やかな時間が流れる瀬戸内海。そこに浮かぶ島々は、訪れる者を魅了する独特の雰囲気と、豊かな自然、そして温かな人々との出会いにあふれています。しかし、その美しさの陰で、過疎化や高齢化という現実も静かに進行しています。
「50年後も、100年後も、この島々に人々の営みがあり続けてほしい」。そんな切なる願いを胸に、二人の女性が立ち上がりました。KSB瀬戸内海放送(KSB)の社員である、まなさんとひなさんが手がけるプロジェクト「しまれび」。それは、アートをきっかけに島の魅力を知り、そしてアートの「向こう側」にある、もっと奥深い島の日常や文化、人の温かさに触れてもらうことで、島と人との新たな関係を紡ごうという試みです。
なぜ彼女たちはこの活動を始め、どこへ向かおうとしているのでしょうか。その想いの源流をたどります。
報道の先に見た島の未来への問いかけ。あるアナウンサーの決意

プロジェクト「しまれび」の発起人は、アナウンサーのまなさん。神奈川県横浜市で生まれ育ち、学生時代に訪れた瀬戸内国際芸術祭で、瀬戸内の体験型アートに心を奪われたと言います。それが、香川との最初の出会いでした。
大学では被服学を専攻しつつ、アート史も学んでいた彼女にとって、瀬戸内の島々で展開されるアートは衝撃的な体験でした。島々との出会いを経て、その魅力に引き寄せられるように香川への移住とKSBへの入社を決意します。
報道部での取材活動を通して、まなさんは瀬戸内の多くの島々を訪れました。そこで目の当たりにしたのは、瀬戸内国際芸術祭の成功とは裏腹に、進んでいく人口減少と高齢化の現実。
「5年、10年で人口がどんどん減り、平均年齢も高い。このままでは、あと10年で誰もいなくなってしまう島もあるかもしれない」
その厳しい現実に、報道という形で島の情報を発信するだけでは、果たして島の未来に本当に貢献できているのだろうか、という疑問が芽生えたと言います。
「企業としても、もっと直接的に島の活性化に貢献できることがあるのではないか」
そんな強い思いが、社内の新規事業公募プロジェクトへの応募へと繋がりました。「しまれび」の原点となる、まなさんの熱い想いが形になった瞬間でした。
アートが繋いだ縁。島への恩返しを胸に、新たな仲間との出会い

まなさんが「しまれび」の構想を温めていた頃、大阪出身の絵描き、ひなさんがKSBに入社します。高校、大学とアート漬けの日々を送り、「自分の作品やアートで世の中に貢献したい」という想いを抱いていたひなさん。大学時代に出会った直島のアートによる地域活性化の取り組みに衝撃を受け、大学を休学して移住するほど、その魅力にのめり込みます。
直島での生活は、彼女の「もっとアートに触れ続けたい」という意識を強固なものにしました。さらに1年休学を延長し、今度は隣の男木島へ。直島とはまた違う、まだ活性化の余地がある男木島を「もっと盛り上げたい」という気持ちが芽生え、自らプロジェクトを立ち上げるに至ります。
「島の人々への恩返しと、アートの持つ可能性や向き合い方を社会に広げていきたい」
その想いを実現するため、メディアという立場で地域貢献を目指し、KSBの門を叩いたのです。
入社前から、まなさんが担当するニュースや島の特集を見ていたというひなさん。
「瀬戸内の島に関わる仕事がしたい」という明確な夢を抱いていた彼女にとって、入社後わずか20日ほどで、まなさんから「しまれび」プロジェクトへの誘いを受けたことは、まさに運命的な出来事でした。
「こんなに早く島に関わる仕事に携われるなんて」と、驚きとともに大きな喜びを感じ、プロジェクトへの参加を決意。
二人の勤務地は、岡山と高松と離れていましたが、二人の出会いが「しまれび」を大きく前進させる力となったのです。
二人が見つけた、瀬戸内海の「言葉にならない魅力」


関東と関西、それぞれ異なる場所で育ち、瀬戸内海と出会った二人。何が彼女たちをそこまで惹きつけたのでしょうか。
まなさんは、「人の温かさ」そして「身近に味わえる非日常感と解放感」を挙げます。
「本土からわずか20分ほどの船旅で、まるで別世界に来たかのような解放感や心地よさを気軽に体験できる。穏やかな海に浮かぶ島々には、それぞれに個性的な色やストーリーがあって、まるで身近に行けるユートピアのよう。夢とうつつの狭間のような、言葉にならない魅力があるんです」
一方、ひなさんが最も惹かれたのは「島の人の魅力」でした。
「直島のゲストハウスで出会った人々、男木島で釣りをしていた時に声をかけてくれて、そうめんをご馳走してくれたおじいちゃん…。その懐の深さ、温かさに触れて、自分の悩みなんてちっぽけだなと思えたんです。受け入れてくれる優しさに、いつか恩返しをしたい、自分もあんな風になりたいと強く思いました」
そのおじいちゃんから部屋を借りて島で暮らした経験は、彼女にとってかけがえのない宝物です。
二人の話からは、ガイドブックには載っていない、人と人との触れ合いから生まれる温もりや、日常から少し離れることで得られる心の豊かさこそが、瀬戸内海の真髄であることが伝わってきます。
「しまれび」では、その「言葉にならない良さ」を伝えるため、ひなさんが得意のイラストを活かしています。
「しまれび公式LINE」で友だち追加した際にプレゼントされる、島在住アーティスト(ひなさん自身も含む)が制作した限定ホーム画面画像や、公式サイトを彩る絵、LINEスタンプ「しま れびすけ」も、ひなさんの手によるもの。
「水彩色鉛筆などを使い、瀬戸内の雰囲気が伝わるように、言葉にできない良さを感じてもらえるように」という想いを込めて描いています。
50年後も、島に人の営みを。「しまれび」が目指す未来と届けたい想い

「しまれび」は、瀬戸内国際芸術祭2025の開幕と同じタイミングで本格始動し、現在、まさに独り歩きを始めたばかり。
まずは、島の人々との繋がりをより一層深めている段階です。
主な活動は、瀬戸内エリア外、特に都会に住む人々に向けて、島の魅力を発信し、リピーターを増やすこと。
「瀬戸内国際芸術祭が開催されていない2年間は、どうしても島を訪れる人が減ってしまいます。でも、アート以外の島の良さを知ってもらえれば、その“空白の2年間”にも足を運んでくれる人が増えるはず」
人口がすぐに増えなくても、何度も訪れてくれる「関係人口」を増やすことで、島を存続させたいという強い想いがあります。
そのためのコンテンツとして、島の魅力や旅のお役立ち情報やアドバイスを音声・映像で届ける「しまれび放送局」を展開。
島の人々にアート以外の魅力を語ってもらったり、今は亡き島の名物おじいちゃんや猫の物語を紙芝居形式で伝えたりと、多角的に島のアートだけじゃない魅力を発信しています。「しまれび公式LINE」やファンクラブも立ち上げ、島から離れている人にも限定コンテンツを提供し、島を忘れないような仕掛けづくりにも余念がありません。
「テレビ局の強みはコンテンツ制作。これまでは放送エリアが岡山・香川に限られていましたが、音声や映像を組み合わせた新しいコンテンツで、エリア外の人にもっと広く島の魅力を届けたい」と、まなさんは語ります。
フェリーでの移動中に気軽に聞いてもらえるようにとラジオ形式からスタートしましたが、今後はさらに多様な形で発信していく予定です。
そんな「しまれび」が目指す最終目標は「50年後も島に人の営みがあって、通う人も住む人もいる状態。水道や電気、交通手段といったインフラも維持され、島を守り続けてきた方々の思いが引き継がれながら、その魅力が100年先も続き続けること」。
壮大ですが、揺るぎない目標です。
そのために、まずは「しまれび」を通じて島好きのファンを増やし、コミュニティを大きくしていくこと。
そして、その輪が広がり、島に興味を持ってくれた人々同士が繋がり、いつかは移住者が増え、島の一員になってもらえたら、とまなさんは夢を描きます。

「島暮らしは本当に日々が豊かになる。その気持ちを、まだ島を知らない人にも届けたいんです」
ひなさんも、「しまれびをきっかけに、日常では得られない発見や出会い、気づきに繋げてほしい。そして、島を好きになってもらい、再訪のきっかけになれば。島と出会って、人生が良い方向に変わる、そんな体験を提供できたら」と語ります。
「しまれび」は、単なる情報発信プロジェクトではありません。それは、島の未来を真剣に考え、人と島、人と人とを繋ぎ、訪れる人々の人生をも豊かにしたいという、二人の熱い想いが詰まった活動なのです。
瀬戸内の穏やかな波のように、ゆっくりと、しかし着実に。
「しまれび」の活動は、島々の未来に温かな光を灯し始めています。彼女たちの挑戦は、まだ始まったばかりです。