社会人になり、プレッシャーから弱気になっていた私 「もう帰ろうかな」母に弱音を吐くと…思いもよらぬ言葉が返ってきた

社会人になり、プレッシャーから弱気になっていた私 「もう帰ろうかな」母に弱音を吐くと…思いもよらぬ言葉が返ってきた
「背中を押してくれた母からの言葉①」イラスト:チッチ

もうすぐ母の日。母の日は、お母さんに日頃の感謝を伝えられる大事な日ですね。気持ちを伝えるためにプレゼントを贈る方もいるのではないでしょうか。
今回は「背中を押してくれた母からの言葉」に関するエピソードです。

イラスト:チッチ

いつも優しい母が…

リオさん(仮名)は頑張り屋さんで弱い部分を見せることが苦手な性格でした。「大丈夫?」と聞かれれば「大丈夫!」と返し頑張ってしまうタイプ。
お母さんはそんなリオさんの意思をいつも尊重し、応援してくれていました。
リオさんが大学進学に合わせて家を出て、社会人になった後も「いつでも帰っておいで」と優しい言葉をかけてくれていました。

そんなリオさんが社会人経験もまだ浅い中で店長という立場を任されることになりました。
人の上に立つことに手探り状態で奮闘する日々。
仕事に行き詰まりプレッシャーの中、一度だけ「もう帰ろうかな」とつい弱気な発言をお母さんにしたことがありました。

いつも通り「帰っておいで」と受け止めてくれるんだろうと思っていたリオさんに、お母さんは「今帰ってくるところはないよ。大丈夫、まだやれるから!」と初めて突き放すような言葉を返したのです。

そのひと言によって自分が弱気になっていたことに気づき、頑張れと背中を押されたように感じました。リオさんの性格を深く理解し見守っていてくれていたお母さんだからこその言葉でした。

10年以上の時が経ちご自身も母親という立場になった今、改めて母の強さと偉大さを実感しているというリオさん。このときの話を聞いてみました。

はは4
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スイッチを押してくれた母の言葉

ーそのエピソードが起きたとき、あなたはどのように感じましたか?
強い母の言葉がストンと入り込み、自然と涙があふれたと同時に「まだまだやれる!」と自身の中で何かスイッチが入ったような感覚を今でも覚えています。
今思えばそのときは自分でも気づかないうちに、誰かに背中を押してほしいと望んでいたのだと思います。

母としても目標に

ーそのエピソード後、何か意識していることや気持ちの変化などはありましたか?
あのひと言でなぜか何でもできる様な気持ちになったことを覚えています。
それからは弱気になりそうなときや悩んだときはあの母の言葉を思い出し、心の中で「まだできる」と前向きに切り替えられるようになりました。
また自身が母親という立場になった今、私も娘にとってそんな存在でありたいという目標になっています。

ーそのエピソードについて、お母さまとはなしたことはありますか? もし話したことがある場合、どんな会話をしたのか教えてください。
一度だけ、あのとき本当に助けられたと伝えたことがあります。母は「そんなことあったっけ?」と笑いながら話していましたが、真相はわかりません。

ーこの経験を誰かに話したことはありますか?ある場合、どんな反応や返答がありましたか?
30代になり後輩に「最初からそんなに仕事ができたんですか?」と尋ねられたとき、少し話したことがあります。「そんな悩んだりする姿が想像できないです」と笑っていました。

ー今年の母の日の予定について教えてください。
母の誕生日も近いため、毎年家族でお祝いです。

リオさんを深く理解し愛情をかけ続けてくれていたお母さんだからこそ、本人も気が付いていない気持ちまで汲んで言葉をかけることができたのかもしれませんね。
大人になっても、親と子であることにかわりはありません。いくつになっても子どもを心配し、気にかけてくれているお母さんへ、今年の母の日には素直に感謝の気持ちを伝えたいですね。

※こちらは実際にユーザーから募集したエピソードをもとに記事化しています。

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