滋賀県米原市の伊吹山嶺にある工房で日夜、作陶に励む市川孝さんは、器の愛好家たちに知られる人気の陶芸家である。そして茶人でもある。

北海道、新潟の大学で彫刻を学ぶも、陶芸家の道を選んだ。和歌山の森岡成好さんに師事して陶芸家としてのキャリアを積み、独立。

2007年に台湾で茶人として活躍する李曙韻さんと出会い、米原の工房でお茶をいれてもらう機会を得た。その時にはじめて台湾茶に触れ、深みのある味と一煎ごとの香りの変化に感動したという。それ以降、つながりを得て台湾で個展をすることにもなり、現地で李さんから台湾茶をいれてもらい、お茶の楽しさを改めて痛感して魅了されていった。

市川孝さん

やがて、それはお茶を飲むことだけにとどまらず、「お茶の生産地にも出向いて、実際に自分の目で確認したくなった」と話す。

中国でも個展を開催するようになり、ご縁を得て樹齢1000年の見上げるほどのお茶の古樹と出会い、豊富な種類のお茶とその様々ないれ方を知り、自分なりに見聞を広めていった。

茶道具が入ったトランク型の茶車をひいて中国の田舎街を歩く

作陶家でありながら、「人にお茶を振る舞いたい、お茶の楽しさを伝えたい」と言う市川さん。シンプルな熱き思いを抱き、やがて思いを具現化することに注力していった。

取り囲む人々に積極的に声をかけていき、2012年に「茶菓花器事」を冠とした茶会を主催することになった。

静岡の寒茶が入った茶葉の箱を茶盤にしての茶淹れ

「草冠を使った感じを組み合わせたくて、そのように名付けた」と市川さん。1年を通じて開催された茶会は、お菓子を作る人、花を生ける人、お茶をいれる人、とそれぞれのスペシャリストに協力してもらいながら、ライブ感のあるその季節の茶事を展開していった。

評判は広がり、一年を過ぎた頃には「茶遊記」という活動もスタート。茶会の開催地も日本だけではなく、台湾や中国での開催へと広がっていった。

市川さんの感性豊かな発想力は、5年ほど前に横浜の偕楽園で開催された茶会でも発揮された。市川さんを含む3人の茶人が、それぞれの茶室に客を迎えてお茶をいれるという企画で、ほかの茶人たちは室内を選んだが、市川さんは屋外の湧き水が岩肌からしたたる自然の緑が壁一面に広がるオープンエアな場所を選んだ。

川のせせらぎを身体で感じながら茶会

「湧き水のところに壺をおいたら、水琴窟のような音が響き、水を感じながら、お茶をいただけると思って」と笑う。自作の移動式茶空間の茶車の上には、地元で切った竹を各客席に設えた。市川さんが窯で焼いた茶器でお茶いれが進んだ。

「その時、その場所でわくわくする旬なお茶いれを考えています。それをみんなで楽しんでみる。とにかく全力で遊んでみる。それがお茶に向き合うことのすべての意味になるかな」と答える。

横浜の三溪園での茶車を使っての茶遊記茶会の一コマ

市川さんのお茶に対する取り組み姿勢は実にシンプルだ。余計なものを入れずに飾らず、自然のものを利用する。

火と水と自然である植物と戯れて感じる茶会の姿を全力でやるのが市川さんの心構えでもある。自分自身が楽しみながらお茶をいれるから、参加する客人たちにも楽しさは伝播していく。はじめてその茶席に参加して、茶会の楽しさに共感した人々は新たにファンとなり、個展などに出向いてその後も繋がっていく。

九州の浜辺での早朝茶会。この後、書家の砂浜書の字が波に消えていくのを眺めながらの茶会に。

今年は、6月に益子で「茶遊記」を開催予定という。その他、福岡、京都、東京、札幌でも個展が開催される予定だ。個展が開催されるときは、決まってお茶を来場された人々に提供する。個展の内容にもよりけりだが、無料だったり、有料のワークショップスタイルだったり。

「お茶を飲んで楽しさを感じて、とにかく楽しむ側になってほしい」と市川さんは話す。「植物と水と火にまつわる道具を使い、ストーリーも考え、暮らしを楽しむ心を刺激したい」と市川さんは考えている。

湖上に床を特設しての茶会

これからも、作陶とともに、お茶を楽しませる茶人としての活動は現状にとどまらずに、さらに広がっていくのかもしれない。これからの茶人としての市川さんにも注目していきたい。

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