音響彫刻を知っているだろうか。音響彫刻とは、音の鳴る立体作品のこと、すなわち音を鳴らすオブジェ(芸術作品)のことである。今回は、大学院で音響彫刻を研究している永末茉莉絵(ながすえまりえ)さんが考える音響彫刻の定義、可能性について話を聞いた。

音響彫刻との出会い

永末さんが作った音響彫刻(本人提供)

「そもそもから話すと、大学の卒業制作が彫刻だったんですね。彫刻に対しての最初の印象は、地味な分野だと思ってて(笑)。しかし実際にやってみると興味深く、その面白さを伝えられたら…と思っていました」

当時、永末さんはインタラクティブアーティストの方に出会い、いろいろなスキルを学んでいた。インタラクティブアートとは、観客を巻き込むことで表現を成立させるアートのこと。その際、自身が研究している彫刻にインタラクティブな要素を加えられないかなと思ったという。

「早速、検索サイトで、『彫刻 音』って調べたんです。そしたら、音響彫刻の一つであるパレット・ソノールがあった。音響彫刻との出会いはそんな風に、でした」

京都市立芸術大学にパレット・ソノールがあることを知って、見に行った永末さん。

「一つがこのくらいの大きさ(小型犬を抱えるサイズを示して)なんですが、大きく響きながら振動も生じるんです。それらが合わさると、ふわーってなる!抽象的になってしまうのですが、その鳴り響く音が楽しくてしょうがなかったんです。とても惹かれてしまいましたね。というのも触って鳴らすと、自分の想像とは違う音色で未知な音が響くんです。『あんな小さいのにすごい響くんだ!』と」

「どんな人でも楽しめる音響彫刻を作れないだろうか?」

永末さんが作った音響彫刻(本人提供)

永末さんがパレット・ソノールにとりわけ惹き付けられた背景とは、小さい頃から永末さんが音楽教室に通っていた経験からくるのだそう。音楽は好きだけれど、いつの間にか楽しむことを忘れていた。

「ちょっと音楽から離れていましたが、パレット・ソノールとの出会いで再び音楽を楽しむことができました。実はパレット・ソノールはこれ!という弾き方とか、本当に決まりごとがないなと思っていて。くり返してしまいますが、想像以上に気持ちいいほど、音が響くんです。そのため、自然に音を出す行為そのものを楽しめちゃうんですね。上手かどうかに左右されずに楽しむことがいちばん大事なんだということを再認識しましたね」

その時に味わった感動は、「シンプルに音を楽しめる媒体っていいなぁ」だったそう。

「インクルーシブ(社会包摂)的に、身体感覚が様々に異なる人でも気軽に音を楽しめる可能性も秘めているんじゃないかなと。そう思ったら、楽しかった」

当時感じた体験を通し、永末さんにとって「誰もが音を純粋に楽しめる」可能性を予感した。それから大学院ではパレット・ソノールを切り口に研究することに決めた。

音響彫刻の定義とは?

永末さんが作った音響彫刻(本人提供)

永末さんはパレット・ソノールの出会いをもとに「音響彫刻とは?」を自分なりに追求していく。そうしたなか、「これまでの既存の固定観念も尊重しつつ、もっと気軽に楽しめて、かつ親しめる音響彫刻があってもいいのではないか?」と思うようになる。

永末さんはパレット・ソノールについての数少ない文献を探した。

パレット・ソノールの生みの親であるバシェ兄弟の音響彫刻を調べると、巨大なオブジェが多く出てくる。しかし、一方でバシェ兄弟は日常でも音に親しむ作品を手がけている。子どもが手軽に楽しめる教育用音響彫刻パレット・ソノールも日常で音に親しむ作品の1つだったのかもしれないと永末さんは捉えた。

「日常のなかでも、パレット・ソノールのように“音を楽しめるもの”はあるように思いました」

パレット・ソノールがその場になくても、日常のなかで「音を鳴らすもの」があれば、そのものが“音響彫刻”になるのでは?と永末さんは考えるようになる。

「日常にある音」を探す

永末さんが作った音響彫刻(本人提供)

2022年初夏からInstagramを活用しながら、永末さんは音響彫刻のあり方を模索する。最初は身近な材料で音響彫刻だと捉えるものを作っていたが、日常にあふれる音も音響彫刻ではないかと思い、「日常にある音」を探すようになった。

永末さんのイヤーカフ。風が強い時にイヤーカフを通した風の触感や音を楽しんでいる。

身近で鳴る音…。PCの動作音、ペンを使う時のノック音、フタがしまった音、付けているイヤーカフに風が通る時の音、木の葉っぱの重なる音など、多種多様の音に気付くようになり、毎日、耳を澄ますようになったそうだ。

「こういった個人体験を通して、多角的な音のあり方を見つけて行きたいです。そして、日常にある音をもっとより楽しめるなにかを作り出せたら。たまに、日用品の音で、思っていた音と違うことがあるなと思う時があります。そういう違和感を可能な限り解消しながら、人々の生活がより豊かになる音のデザインをしていけたらいいですね」

永末さんが作った音響彫刻(本人提供)

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