2021年8月、100年を超える日本の高校野球の歴史の中で初めて、女子硬式野球全国大会の決勝戦が甲子園球場で行われた。試合は、兵庫県代表の神戸弘陵高校が高知県代表の高知中央高校を破り優勝を飾った。そのメンバーの1人が、セカンドのレギュラーとしてチームに貢献した糸瀬瑠衣さんだ。

チームのメンバーが大学に進学して野球を続ける中、一時は野球を辞めるつもりだったという糸瀬さん。だがいまは、岡山県に今年誕生した女子野球チーム「備前サンラッキーズ」の立ち上げに参画し、中心メンバーとしてチームを引っ張っている。そんな糸瀬さんの挑戦を追った。

糸瀬瑠衣さん

香川県坂出市出身の糸瀬さん。野球を始めたきっかけは兄だったという。

「兄が野球をやっていた影響で小学3年生の時に地元の野球チームに入りました。すでに2人女子選手がいたので抵抗はなかったです。男子に負けずにプレーをしていました」

だが、中学生くらいになると、男女の違いを意識するようになる。

「まず体格差を感じるようになりました。また、女子だからということでキャッチボール相手になってくれないなど、思春期の難しさもありました。あとは、更衣室が男子のものしかなくて自分だけトイレに行くなど、設備面の違いを感じることもありました」

糸瀬さんは、通っていた中学校のチームに加えて、香川オリーブガールズという女子中学生だけを対象としたチームにも参加していた。そこでは同じ思いを持った仲間と出会うことができたという。

「でも、香川県には女子野球部がある高校がないんです。そこで、野球を続けるために県外に出るか、野球を諦めて地元に残るか、選ばなければいけませんでした。同期の6人のうち、野球を続けたのは3人でした。地元にチームがあったらみんなで続けていたかったのにね、とよく話していました」

糸瀬さんは、小学校時代から憧れていた先輩の通う女子野球の強豪、神戸弘陵高校に進学することを決意。レベルの高い仲間と恵まれた練習環境の中で切磋琢磨し、レギュラーの座を勝ち取った。甲子園球場でプレーをし、優勝することもできた。そのため、野球に対してはやりきったという達成感があったという。

甲子園でプレーする糸瀬さん

「チームメンバーは、大学進学して野球をする人が多かったです。ですが私は甲子園で優勝して、きりがいいと思って辞めるつもりでした。でも、みんなが引退後も練習しているのをみて、やっぱり野球がない人生はつまらないと思ったんです」

そんなタイミングで出会ったのが、備前サンラッキーズだった。ちょうど設立に向け選手を募集していた。サンラッキーズの監督と、神戸弘陵高校女子野球部の監督がつながっており、糸瀬さんの真面目で一生懸命な性格が評価されて、推薦されたのだった。

「社会人野球に対して不安がありました。働きながら野球をするイメージが湧かなかったんです。でも、1からチームを作っていくという点が面白そうだと思いました。また、女子野球は年々レベルが上がる中で、社会人で女子野球経験の長い選手だけでチームを構成する傾向にあります。でも、サンラッキーズの一番若い選手は中学生です。多世代でそういったチームに勝ちに行くというコンセプトも面白いと思いました」

糸瀬さんはいま、総合リサイクル企業の平林金属(岡山市)で勤務している。リサイクルの過程で分離された素材のピッキングをしたり、フォークリフトやショベルカーなどを操作したりして働いている。

工場勤務中の糸瀬さん

そんな糸瀬さんに対する会社のバックアップも力強い。

「終業後は、社長さんが社内に作ってくださった練習場で1時間程度練習しています。おかげで(サンラッキーズでは)セカンドのレギュラーを任され、最近では打順も3番、4番を打っています」

平林金属の社内練習場でバッティング練習

元気ではつらつとしたプレーでチームを引っ張る糸瀬さん。チームのムードメーカー的存在だ。

「中学生から20代後半までのメンバーがいるチームの中で、ちょうど自分は真ん中くらいの年齢です。だからこそ、みんなをつなぐ役割を果たしていきたいと思います。まずは4月の大会で1勝でも多く勝つことが目標です。そして、ゆくゆくはもっと色んな方に女子野球を知ってもらえるようになるきっかけの1人に自分もなれたらいいなと思っています」

2023年、備前サンラッキーズは2年目のシーズンを迎える。4月には、2022年に中四国の14の女子野球チームでスタートした「ルビー・リーグ」の2年目がスタートする。

その後も、全日本女子硬式野球クラブ選手権など大きな大会が控えている。1年目のシーズンは公式戦4勝。来年はもっと進化するべく練習に励んでいる。これからのサンラッキーズと糸瀬さんの挑戦に注目だ。

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